帰りの眠気は車の中に。
ボウリング場はほぼ満員だったけど、なんと鳥居さんがいつの間にか当日予約をしていてくれたらしい。到着から予約時間までは二十分くらいあったけど、混雑具合を見れば破格も破格。皆で褒めそやせば、彼女もなかなかまんざらでもなさそうだ。
そして始まるボウリング。
「僕、人生で三回目くらいだな」
「はっは、私は初めてだ」
「二人とも事情がなんとなく察せるからツッコめないんだよな」
「ね。ゆーてあたしらも、そこまで行ってるワケじゃないけど」
シューズはレンタル。ボールも当然。
重さがどうのとかはよくわからないから、とりあえずちょうど良さそうな十五ポンドを選んでみた。
「……やっぱそこそこ力あんだな」
「まぁ、うん。鍛えてはいるね」
そんな新谷くんは十四。特段部活に入ってたりするわけでもなく、運動はこうした遊びか体育か、くらいのものらしい。それでもスマートな体系を維持してるんだから、そこは美意識の違いってやつなんだろうか。
ともあれ重さだけでなく、指のフィット感も重要らしく。そこがばっちりなら、一つ二つは上の重さを持ててしまうそうだ。
「よっしゃ、やるかー」
「久々ー。最初だれー?」
「私。……なんで私なん?」
「リーダーだからじゃない?」
「なんのだよ」
リーダー山口透子、ボールを持って、いざボウリング初挑戦である。
なんというか、先のゲームコーナーから薄々感じていたことだけど、彼女は運動全般、やればできてしまう人間らしい。
歩き方、フォーム、投げ終わり。どれもこれも初めてとは思えないくらいに様になっていて、結果は右隅の一本を残す九本だ。思わず、といった感じに拍手が湧いた。
「え、すげ、マジで初めて?」
「とこちゃんのことだから嘘でもおかしくはない」
「いやいや。周りの人の見て、なんとなくだよ」
透子いわく、というかジムのトレーナーいわく、非常に発達した深部感覚、ということらしい。
そのうち特に、身体各部位の位置を正確に把握する位置覚、運動の方向を認識する運動覚が、常人よりも遥かに優れている、とお墨付きをもらったそうだ。
それ故に、身体を使った表現に優れ、そして失敗がない。見ればなんとなくわかって、実現できてしまう。
「コピー能力みてぇ。かっこよ」
「逆に何ならできないの?」
「妥協……かな……」
「イラァ」
さすがに擁護不能の透子は放っておいて、二番手は僕。
なんで経験の少ない僕らを最初に並べたのかは小一時間問い詰めたいところではあるけれど。
とりあえずは見様見真似で、歩いて、腕を下げて、まっすぐ放る……
「あ、安心するー」
「これだよこれ、って感じだよなぁ」
「どんまい直樹!」
うん、わかってた。これがいわゆるガターってやつだ。席に戻り消沈する僕の肩を、とびきり優しい顔をした透子がぽんぽんと叩く。なんだろう、そこはかとなく、バカにされてる気がする。
続く鳥居さん、新谷くんは、さすがは経験者といったところで。
「面白くない」
「いや、そういうゲームじゃないから」
深部感覚の優れた人間がスポーツに秀でるのは、動作の再現性にある。
自分の身体がどうなっていて、どう動かせばどう動くのか。正確に把握できれば、まったく同じ動きを何度でも繰り返すことができる。学習性に優れ、修正も容易。
故に、初めてのボウリングで百五十というスコアを叩き出すのも、妥当という評価に落ち着く。
「……なんかもう、怖いわ」
「とこちゃん、ほんと何でもできるじゃん」
妥協はできないらしいけど。
「ボウリングは割と楽しい。自分の身体と向き合ってる感がある」
「あれ、あたし今ボウリングの感想聞いてるんだよね」
「ダンスか何か?」
「今日は私をいじり倒す会なの?」
ごめんてー、と笑う鳥居さんに、むくれる透子。
僕ら男子は、腕を組んで頷くのみだ。うんうん。
ボウリング場を出てカラオケルームに入った僕らは、ついでに昼食を頼んで歌うことなくつまんでいた。向かい合うソファは、片側一人掛け二つ、もう一方には二人から三人掛け。一人掛けを僕と透子に譲ってくれた二人は、微妙な距離で楽しそうに。
そもそも気を遣う云々の前に、僕と透子は、彼らの中では
カロリーの高い料理をこれでもかと並べ、好き勝手に取っていくスタイル。パーティみたいで楽しい。
「そういえば写真いろいろ撮ってるから、あとで共有したいんだけど」
「ラインでいいんじゃね?」
「いつもの四人グループにちょうだい。気に入ったのがあれば、保存してやらんでもない」
「なんだこいつ」
僕はたぶん、確認するまでもなく全部保存してしまうんだろうなぁ。それにこんなことを言ってる透子だって、なんだかんだこの集まりを楽しんでるんだ。見れば、わかる。僕の交友関係を広げるために、と透子が集めてくれた
もちろん、三人の優しさありき。透子というきっかけありき。けれど、それはそれでいいんだ。
「でもあれだね、桜庭もなんだかんだ、普通にできんじゃん」
「意外とね。そろそろつかんできたかも」
「……なんか言ってることとこちゃんっぽいな」
「えぇ」
「なんで嫌がってんの。光栄だろ」
透子が言うから許されるのであって、僕が言うのは違うんだ。
なんてことを言えるはずもなく、僕はごまかすようにたこ焼きをつまむ。まだまだ熱いそれを一口に頬張ったせいでむせかけて、透子が差し出してくれた水でなんとか飲み下す。
「なにやってんだか」
「……面目ないです」
そこで向かいから妙な視線。同じくポテトやら何やらをつまんでいた二人が、手を止めてこちらを見ていた。
「なんか、慣れてる感あるよね」
「だよな。やり取りがこう、自然というか」
「まぁ直樹は世話が焼ける子だから。隣に座ってるとこう、甲斐甲斐しくなっちゃうのよ」
「……こないだそばに唐辛子入れすぎて」
「あー、直樹は面白いこと言うなぁ!」
透子と言い合えば、妙な視線がなおさらに細められる。
「……なんかかゆくなってきた」
「俺も。なんか歌わね」
「そうしよ。やってらんねー」
テンションだだ下がりの二人がマイクを持って立ち上がったのを見て、僕らは正気に戻る。
ああ、確かに本当に、何やってんだか。透子と顔を見合わせ、苦笑いだ。
カラオケをフリータイムで三時間。それからバッティングをしたりピッチングをしたり、気づけば午後も五時を過ぎ、辺りはにわかに薄暗く変わっていた。慌てて僕らはラウンドワンを出たけれど、いつの間にやらの雨模様。薄暗がりなのにどんよりとした雲が目に見えるほどで、すぐに止むこともなさそうに思える。
さっとスマホを取り出すのは透子。
「芹ねぇ、お迎え来てぇ」
甘えるような声。電話は一分もかからず終わり、芹音さんの透子に対する甘さがそれだけで伺えた。
「よし。駐車場で待とう」
「……なんか悪いな」
「大丈夫だよ。優しい人だし、透子に激甘だし」
芹音さんが透子の『お願い』を断るなんて、勉強を見ること以外に一つも知らない。
「あ、もしかしてお泊りデートの、幼馴染のお姉さん?」
「うん。めっちゃかっこいいお姉ちゃん」
「かっこいいんだ。えー、なんか楽しみんなってきた」
移動しながらも会話を絶やさず、そうすれば駐車場なんてすぐだ。
この雨のせいか、車の往来が多い。その上ぞろぞろと人が移動するものだから、駐車場がなんだかアミューズメントパーク染みて怖いくらいだ。人のいないところ、人のいないところと立体駐車場を登っていって、気づけば屋上一つ手前。
結局芹音さんにディスコで送ったのは、「屋上でお願い」という一言。車までは、頑張って走るということで。
「おまたせ」
運転席から柔らかく微笑んだ芹音さんは、僕ら四人を乗せると、すぐに車を走らせた。
助手席に透子を乗せ、後部座席には残りの三人。鳥居さんを男二人で挟むのもなんだか、ということで、真ん中は新谷くんだ。これは本当に、決して、
「芹ねぇありがとー。ほんと助かった」
「仕方ないだろ。予報も晴れだったしな」
「だよね。傘買って電車とか勘弁だし、ほんとよかったぁ」
「私を雇って正解だったな」
「運命だよ運命、私に雇われるために就活失敗……」
「うるせぇな」
前のほうで盛り上がる二人を、なんだか興味津々で見守る左隣の二人。
いつもよりずいぶん
「……なんか疲れてきた」
「俺も」
必然、こうなる。
何より元々疲れてたんだ。朝から遊び倒して、いざ帰ろうと思えば予想外の雨。身体的にも精神的にも、そりゃあ相当疲れてるだろう。
ソースは僕。座席に座った瞬間、なんだか気が抜けてしまって。安心してしまって、眠気が一気に襲ってきた。うつらうつらと舟を漕ぐ僕のうっすらとした視界の中、ミラーに写った透子が僕を見ていた。
お・や・す・み。
わかりやすく口を動かした透子の、まるで声が聞こえたみたいで。
薄れゆく意識の中、僕は「おやすみ」を口にする。
返事がいくつか重なって聞こえたけれど、たぶん、気のせい。
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