冬休みが終わるから。





 冬休み、なんてものは僕らにはあんまり関係のないことだけど。

 鳥居さんや新谷くんにとっては、待望の長期休暇である。

 クリスマス前から今日まで、ろくに連絡もつかない透子に、ようやく『予約』が入れられた、ということで、鳥居さんはなにかと張り切っているようだ。

「とりあえず、ラウンドワン行っときゃまちがいない」

 スポーツからゲーム・カラオケまで何でも揃う夢のアミューズメントパーク。

 何を隠そうこの僕、人生で一度も行ったことがない。

「ガチで? 誘ってよかったー」

「じゃあとりあえず、固まって動いたほうがいいな」

「だねー。とこちゃんも、あんまり行ったことないだろうし」

「失礼な。ないよ」

「……ないんじゃん」

 徒歩とバスを経て最後の地下鉄移動中、僕らは座席に座らず運転席前で固まって駄弁っていた。

 透子を隅に置いて、僕ら三人でそれを隠すようなフォーメーション。おかげで、注目を浴びるようなこともなく安心して電車に乗っていられる。

 それにしても、電車に立って乗るのが久しぶりすぎて。よく皆、平気な顔して乗ってるな。

「もたれたら?」

「そうする」

 ふらついた僕に声をかけてくれる新谷くんは、相も変わらずイケメンだ。

「新谷くんは急に呼ぶ形になっちゃったよね。ごめん」

「いやいや、なんなら予定全部キャンセルしてこっち来るだろ、普通」

「そっかな」

「こっち選ばないやつがいるなら見てみたいわ」

 確かに、貴重な機会ではあるだろうけど。……やっぱり感覚が麻痺してるのかな、僕って。

「とこちゃん全然予定合わなかったけど、何してたの?」

「えー。基本、家でレッスンしてるか、直樹と遊ぶか」

「な、おき?」

「え? うん、直樹」

 透子が指差す先、当然僕だ。つられて僕を見る鳥居さんは、何やら考え込む様子で。

「桜庭、この子は?」

「え、透子」

「そうだよね、透子だよね」

 そりゃそうだ。

 いや、何が言いたいかはわかるんだけど。

「え、うそ、そういうこと?」

「名前呼びに変えただけでさすがにそれは短絡的だよ」

「じゃあ、違うの?」

「まだ違うよ」

「……まだ」

 愕然とした様子の鳥居さん……と、新谷くん。

 僕だって第三者だったら信じてない。あまりにも違いすぎる・・・・・から、なんなら本人にそう言われたって信じない。

「でも、クリスマスにデートに誘うってもう、そういうことだもんね」

「南知多行ってきた。島二つ巡って、旅館で泊まって」

「お泊り……だと……」

 それにしても、透子のテンションがバグっているのか、言わなくていいところまでどんどんぶちまけているんだけど、止めたほうがいいんだろうか。

 でも正直、少しだけ気分が良いんだ。他の誰に言っても構わない、それくらいの関係を築いたんだと言われてるみたいで。

「幼馴染のお姉ちゃんも一緒だから。デートでお泊りっていっても、別部屋だし」

「それはそうかもしれないけどさー。うわー、なんか聞いちゃダメなこと聞いた気がする」

 女子同士盛り上がる中、新谷くんのジト目が突き刺さる。

「……なんか、すげぇな」

「いや、それは」

 いろいろあるんだよ、と言っても説明するわけにもいかないし、だいたい僕自身でさえ『そんなことで』と思ってるくらいだ。それを彼に話したところで、何がどう変わるとも思えない。

 だから僕は話を逸らした。

「そういう新谷くんは、そういう人、いないの?」

「俺? 俺の話は、まぁ、いいだろ」

 なんて言って、僕は気づいた。ちらり、透子と夢中になって話している鳥居さんに、視線を送ったのを。

「そっか」

「……いや、勝手に納得すんなって」

「大丈夫、余計なこと、しないから」

「いやだからな?」

 変に応援だのなんだの言われると、きっと邪魔だろうなと思う。特に、経験豊富どころか、人との会話すら初心者である僕みたいなのに言われると。

 それに僕自身、透子と二人で築いた関係だから、っていうのもあるんだ。芹音さんも父さんも母さんも、温かく見守ってくれていた。だから、他人の関係にあれこれ口出ししたくない。

 ……いや、たぶんこの状況も、新谷くんにとっては心外なものではあるんだろうけど。

「まぁ、余計なことしないなら、いいよ」

「え、うん、もちろん」

 それなのに彼ときたら、あっさり認めてあっさりと引き下がるものだから。

 かっこいいなと、思う。余裕があるというか、なんというか。

 そりゃあ、他の予定キャンセルしても、こっち選ぶよね。誰だって、そうする。きっと、僕でも。


 とにかくも、余計な気を回さないこと。もちろん、お互いに。

 というわけで四人固まって、僕らはラウンドワンに入場した。

 いろいろと、本当にいろいろとできることはあるけれど、体を動かすのは後回しにしようということだけは最初に決まった。カラオケは『体を動かす』に含まれますか、という議論が少し紛糾しかけたけれど、結論としては「含まれる」ということで。

 僕らはゲームコーナーを選んだ。

「音、すっごいね」

「小さい声だと聞こえないけど、慣れすぎると音量バグるからな、気ぃつけろ」

「うん」

 よく聞く話だ。うるさい場所から静かな場所に移ると、会話の音量調整がうまく働かなくなるとかなんとか。特に人と話すことに慣れていない、僕みたいな人種に起こりがちらしい。

 お小遣いと、バイト代の残りが数千円。軍資金はしめて一万五千円程度。高校生の所持金としてどうなのかはよくわからないけど、いざとなればカラオケだのボーリングだの、あるいはスポーツだの、ある程度時間のとれる場所に行けばいいとのことで。

「プリ、撮る?」

「プリはパスかなぁ。写真なら別に撮ってもいいけど」

「……そっかぁ。じゃ、写真はあとで撮ろっか」

 気落ちする鳥居さんには悪いけど、ちょっと安心した。

 苦手なんだよね、あの、加工された写真が。

「そういえば透子って、スマホでも加工できるアプリとか、全然使ってないよね」

「うーん……まぁ、ちょっとふざけてやる程度ならいいけど」

「とこちゃんは加工するとむしろ違和感あるタイプだよね。パーツが変に浮いちゃって」

 それは確かに、あるかもしれない。透子は、自身が言う通り「特徴のない」タイプの美人だから、これといった目立つパーツはなくて、それを無理矢理目立たせればバランスも崩れて当然だ。

「あと、割と『自分の顔』が固まってるのもあるかな。そうじゃないのになんかすごい不快感がある」

「あー、確かに。あたし、なんかメイクころころ変わってるし」

「まぁ普通はいろいろ試す時期じゃない? 私が変なだけで」

「かっこいいけどなぁ。これがあたしだ! みたいなの、欲しいかも」

 ころころ変わってることにまったく気づいていない男子は、隣の男子に同意を求めてみる。うん、と頷かれたので、僕もうんと頷き返しておいた。通じ合ったようで、なんだか嬉しい。

 とはいえ、新谷くんの場合はなんだかんだ、気づくべきところは気づくんだろうなと妙な確信がある。後ろから僕らを抜こうとする人に気づいて、さり気なく女子二人を誘導するところなんか、さすがだ。

「とりあえずじゃあ、適当にいろいろやろっか」

「私あれやってみたい、ほら、パンチの」

 しゅ、しゅとパンチを繰り出しながらの透子。

「あっちじゃん? あたしも実は興味あったり」

「女子同士だとあんまりか?」

「だねー。せっかくだし、男子ーって感じの、いろいろやるのもありかも」

 というわけで僕らは移動を始めた。

 パンチングマシーンでは四人全員、二回ずつ。新谷くんが強いのはなんとなく納得感があるけれど、僕や透子が案外強いのは、鳥居さんにしてみると納得がいかないらしい。そんなことを言われても、お互い鍛えてる身ではあるわけで。一番弱い鳥居さんは、「次だ次」と悔しそう。

 レースゲームではトーナメントを開催。男子同士、女子同士でプレイして、決勝は新谷くんVS鳥居さん。勝者は新谷くんで、鳥居さんはやっぱり悔しそうだ。ちなみに最下位決定戦は、勝者透子で終わった。悔しくなんかない、本当だ。

 パーティゲームは四人同時にできるらしい。いろんなミニゲームをたくさんプレイして、順位は想像通りの鳥・新・山・桜の順番だった。慣れがものを言うのだよ、と偉そうな鳥居さんに、透子が割と強めの肩パンをお見舞いしていた。南無。

 メダルゲームもいくらかやって、誰が一番稼いだか、みたいなこともした。結果、新谷くんが優勝を飾る。慣れがものを言うのだよ、と偉そうな新谷くんに、鳥居さんが肩パンをお見舞いしていた。少しうれしそうな彼が、少し、気持ち悪い。

 他にもいろいろ、ホッケーだのバスケだの、結局体動かしてんじゃねーかと笑いながら。

 僕らはそうしてゲームコーナーを満喫して、自販機コーナー周りでベンチに座って休憩だ。

「結構、満足してるんだけど」

「早いっての。でも体力あるじゃん、桜庭」

「鍛えてるからかな? 最近はいろいろ、外にも出るようになったし」

「山口さんとな。度胸もつくわなー」

「ふふん」

 ドヤ顔の透子に、呆れた目を向ける三人。怯む透子。

「な、なんだよ」

「まぁ、とこちゃんだね」

「だいぶ俺も慣れてきたわ」

「うんうん」

「なんだよ!」

 透子はそのままでいいんだ。と生暖かい目で見る僕に、透子は黙って肩パンだ。

 ちょっとうれしい僕はきっと、たいそう気持ちが悪いに違いない。

 小さなパックジュースをそれぞれ飲み干し、僕らは立ち上がって次の目的地へと向かった。

 まだまだ始まったばかり、今日は日が暮れるまで遊ぶぞと意気込む鳥居さんに、僕らはそろって同調した。



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