第26話 暇...ではなくなりました?


 俺、佐藤健は、会社と木村に足を骨折して入院となった旨の連絡を朝一で済ませ、そこからはずっと病院のベッドの上でスマホを弄っている。いるけれども...。


 「.....」


 何だろう。今日から4連休だと心が高揚していたあの時の自分は既にいない。

 

 ぼーっとするのは昔から好きなんだけれども、ちょっとこれは...これが4日も続くと思うと...。


 もちろん、俺がいるのは個室ではなく、6つぐらいのベッドがある大部屋。

 仕切りも天井から吊るされている医療用カーテンでそれぞれの部屋割がされているだけ。


 そして、別にそれ自体には何ら問題はないのだが、たまたま俺のベッドの空間には窓がない...。そう。光が...ない。


 正直、これはちょっと個人的には苦痛と言わざるを得ない...。


 スマホの時計を見てもまだ朝の11時。


 昼ご飯、いわゆる病院食の時刻までもまだ時間があるし、木村がここに俺が頼んだものを持ってくるのも仕事の後。


 俺がここに入院をしていることを知っているのは課長と木村だけだし、まあ、課長は別にこういう時にお見舞いに来る人でもないし、正直、そこは来なくていい。


 親にも別にわざわざ言っていないから、ぶっちゃけ、この場所に来る予定があるのは木村だけ。


 と言うことは、この4日の間で、それもこの閉じられた空間で俺が関わることができるのは実質あいつのみ...。


 「.....」


 まあ、もう考えるのはやめよう...。


 それにしても、暇だ...。

 本来であれば暇はものすごく好きなのだが、俺が求めている暇はこういう暇ではない。


 なんか、カーテンの向こうではカップルかわからないけれども、さっきスーツ姿の女性が入っていて、イチャイチャと楽しそうに会話をしているし...。

 仕事の途中で抜けてきましたってか? いい彼女ですね...。


 「.....」


 やっぱり俺はもう木村でいい。あいつでいいから、とりあえず早く来てくれないかな...。


 「はい。この部屋ですか? ありがとうございます」


 そんなことを考えているとまた別の女性の声...。


 何だ? また誰か別の部屋の奴の彼女とかだろうか? 糞が。

 と言うか。こういう環境が4日も続くことがわかっているからか、俺の心がみごとにすさんでいっているのがわかるな...。色んな意味でものすごく人間として虚しくなってくる。


 「はい。この部屋を入ってすぐ右のベッドですね。わかりました。ありがとうございます」


 ん? この部屋を入ってすぐ右? それって


 「おはようございます!すみません、佐藤さん。起きてますか? 開けさせてもらってもいいですか?」


 しかも...この声って、え?


 「え、あ、はい...」


 そして、ゆっくりとカーテンが開いていくが....


 そこにいきなり現れたのは...



 スーツ姿の美女?...って



 「え? く、倉科さん?」

 「おはようございます!もうびっくりしましたよー。大丈夫なんですか!」


 え?いや、普通にこっちの方がびっくりしているんだけど。


 「な、なんで...」

 

 本当に何で


 そう。そこにいるのはまさかのまさか、あの さん。

 予想外すぎて、それこそ今の俺は頭が回っていない。

 と言うか、何で俺が入院していることを知っている?それもここに入院していることまで何で...


 「いや、木村さんが朝に佐藤さんが入院したことを教えてくれましてー。もうびっくりして、フフッ、気がついたら来ちゃってました」

 「え、いや、すみません。本当にすみません。そんなに大したことはなくて...」


 あ、あんの...糞ボケが。


 絶対に倉科さんとの会話のネタになると思って、俺のこの怪我のことをおもしろおかしくこの人に話しやがっただろ...。


 「あ、それとこれがパジャマに洗面用具に...」

 「え、いや、ちょ、そんな、何で倉科さんが!」


 いや、本当に何で俺があのバカに頼んでいたものを倉科さんが買って...。

 と言うか、お仕事は?


 「あー、フフッ、ちょうどたまたまこの辺りで営業の予定がありまして、木村さんから色々と承ってきました!」

 「え、そんな...も、申し訳ございません。本当に申し訳ございません」

 「もー、何でそんなに謝るんですか。佐藤さんには私も、それに弟までもが色々とお世話になったんですから当然です!」


 いや、全く当然じゃない。全く。

 マ、マジであの糞ボケ...。貴様ごときが、誰が誰に何をお願いして迷惑かけてくれていやがる。

 こ〇す、マジで、こ〇す。 


 「いえいえ、そんな、本当にそんな。申し訳なさすぎます。あ、そうだ。お金。お金です。いくらかかりました?」


 もういくらでも言い値で払います。もちろん手数料も込みで払います。


 「いやいや、そんなの大丈夫ですよ」

 「いやいやいやいや、全く大丈夫じゃないです。それは絶対に払います」

 「じゃあ、フフ、また来るのでその時にでもお願いします。と言うか、他に欲しいものはないですか。私また買ってきますよ!」


 やばい、本当にやばい。見るからにクール系な美女が天使の笑みを向けながらものすごく俺に献身的に...。何だこれ。もしかして、俺、実は昨日死んで今は天国にいるのか?


 「いや、本当にそんな申し訳ないことはあいつに全部やってもらいますので。本当に...」


 そう。彼女が帰った後に絶対にあのバカに鬼電する。どういうことだとあいつのスマホが壊れるぐらい鬼電してやる。


 「いえいえ、そんな...って、そうだ!そういえば本当に残念ですー。土曜日。でも、治ったら絶対にまた後日行きましょう。本当に。弟にも言っておきますので」

 「その件についても、本当に申し訳ないです。はい、ぜひまた今度。倉科くんにも俺が謝っていたとどうかお伝えいただければと...」


 そうだ。その件についてはちょうどお昼ごろに連絡入れようと思っていたところ。


 でもまあ、何だかんだでこういうのは一度流れたらもう最終的に流れることになるのだろうが、色々と段取りしてくれていたであろう倉科の奴には本当に申し訳ないと思っている。実際、久しぶりに俺もあいつに会いたかったしな。


 「あと、そうだ。私、午後まで次の営業がないので、もしよかったらここでお昼ご飯をご一緒してもいいですか? 自分の分はもう作っているものがありますので!」

 「え、あ、はい。僕は全然...」


 お、俺は全然、そちらがよければ。と言うかここまでしてもらっていて、断る理由なんてそもそもないし。


 「それとー、そう。確か、佐藤さんって甘いもの好きでしたよね!フフッ、あのアプリにも書いていましたし。この辺りにものすごく美味しいモンブランのあるケーキ屋さんがあるんです。買ってきますので一緒に食べましょう」

 「え、そ、そんなわざわざ悪いです」


 本当に。


 「いえいえ、実は私が食べたいんです。お昼12時ですよね。それではまだ時間あるので買ってきます!あ、他に欲しいものもあったら買ってきますよ。何かありますか?」

 「いえいえ、そんな。本当に申し訳ないです」


 本当に何でそこまで...。

 と言うか、結果として彼女にここまでのことをさせている木村はこ〇す。


 「じゃあ、また帰ってきますので。では!」


 そしてそう言って、またものすごく綺麗で可愛い笑顔を俺に残して、カーテンを丁寧に閉めて出て行った彼女...


 いや、本当に何だこれ...。しかも、また戻ってくる...。


 一体、何が起こっている...。


 「チッ」


 って、ん?どこからともなく今、男の舌打ちが聞こえてきた...? い、いや気のせいか。うん。気のせいだな。

 

 「.....」


 でも、さっきまでとは打って変わって、真剣に何だこの状況は...。


 って、そ、そうだ。あのボケ。


 現在進行形で倉科さんに迷惑をかけてくれていやがる、あのボケ、木村にまずは電話だ。マジでありえんぞ。


 いや、本当に。

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