第24話 とっさに嘘?をついてしまう男です。


 え?


 「ねぇ、本当にごめんなさい」


 もうこの店から抜け出そうと心に決めた俺が、トイレの出入り口のドアを開けると、そこには、男ではなく、まさかの美女の姿が飛び込んでくる...。


 「本当に、本当に健くんには悪いことをしたと思ってます。」


 そう。また突然の状況で驚いてしまったが...



 元カノ、 の姿が、すぐそこに。



 そしてその彼女が、さっきまでのテーブルでの表情とは打って変わって、瞳に涙を浮かべたような表情で俺の前に静かに申し訳なさそうに立っている...。


 言うならば、男の庇護欲を心底刺激するような表情ともいい換えられようか。彼女が俺よりも歳下ということもあって一層大きくそう感じてしまう自分が事実としてここにいる。


 「ねぇ...ちょっと、ちょっとでいいから。このまま二人で別の場所でお話...できないかな」

 「.....」

 

 そしてまた静かに口を開いたと思えば...。


 このまま二人で...。

 それも別の場所...。


 正直、これが初めてならば、俺はおそらくこの彼女の雰囲気に流されて、その提案を何だかんだで聞いてしまっていたのだろう。


 実際、一回目の浮気の際は、同じ様な状況に流されてそのまま彼女のことを許す流れなってしまったから...。


 「ごめん。それはできない...」

 「お願い。誤解もあるの。都合がいいことを言っているのはわかっています。最後のチャンスが欲しい。このままなんて嫌です...」


 そう言って、目の前の彼女はまた、あざとくも俺のカッターシャツの袖を優しく掴んでくるが、俺もさすがにそこまでバカではない。


 そう。いくら目の前の彼女が、あんなことがあったにも関わらず、今なお、俺の目にはあろうことか可愛く見えてしまっているとしてもだ。ここで頷くような愚かな男では俺はない。

 

 「今日だって、友達にたまたま誘われて渋々数合わせのために来てみたら、健くんがいて本当にびっくりした。でも、もうこの機会しか健くんにしっかり謝れる機会がないから、ちゃんとお話しがしたい。本当に駄目ですか...?」


 正直、その言葉もさっきからの表情も彼女なら容易に演技で作りだせるものであるはず...。


 その絶妙に控えめな、狙っていないように見える自然な上目遣いも、敬語とため口を混ぜ合わせたあざとい言葉回しも、彼女ならばいとも簡単に息をするように演技でできてしまうのだろう。


 「.....」


 現に俺の身体はもう愚かにも彼女の言葉に流されかけている。情けなくも気を抜けば、話だけならと首を縦に頷いてしまいそうなぐらいには...。ただ、俺にもさすがに男としてのプライドはある。だから何とか踏みとどまれている。


 「ごめん。さっきも言ったけど。俺はもう今、彼女いるから」

 「でも、あらためて木村さんにも聞いたけど、絶対にあいつに彼女はいない。あれは嘘だって言ってたよ...」

 「いや、あいつには別に言ってなかったから」


 まあ、本当はあいつの言うとおり、今の俺に彼女なんていないけど。ただ、俺の嘘が嘘だという証明もないから。


 「そっか...」

 「うん」


 浮気をしておいてまで、彼女ほどの女性が何でそこまで俺にまだ固執してきてくれるのかはわからないけれど、もう俺はあんな思いをするのはさすがに散々だから...無理だ。


 「じゃあ、最後にその彼女との写真だけ見せてほしいです...。それで綺麗さっぱり健くんのことは諦めます...」

 「いや、別にそ...いや、わかった」


 実際、俺に彼女なんていないし、例え...いたとしてもだ。そこまでする義理はない。ないが、もうそれで彼女と顔を合わせなくて済むなら、実は何とか出せる写真は一応あることに気がついた。気が...ついてしまった。


 それに、今日久々に顔を合わせてしまってわかったが、そう何度も彼女とこれからも顔を合わしてしまうと、俺はおそらくまた...


 だから、本当にその写真に映っているには申し訳ないと思うが...見せられるものはあるのだ。


 本当に、が俺の彼女だと言うことなんておこがましいことはわかってはいるし、弁えてはいるが、今回だけは許して欲しい。隣に映っている相手が相手なだけに実際に信じてくれるかどうかはわからないが、俺が本当と言い切ればそれを覆す証拠が今ここにないのも事実。


 そう言って、俺は以前にアプリで偶然にものうちの一人の写真をスマホのデータから探してすぐに目の前の彼女に見せつける。


 たまたま、それっぽく見える写真があったから、本当に申し訳ないが助かった。照れくさかったが、せっかくの記念にと撮ってくれて俺に送ってくれた彼女には感謝だ。


 正確には彼女だがな...。今回はそのうちの、たまたま先に目に入った方の写真を使わせてもらった...。


 「へぇ...ものすごく綺麗な人だね。 会社の人とか?それとも誰かの紹介とか?」

 「別にそんなことは、アリ...いや、桃月さんには言う必要はないと思う」


 本当に。


 「そっか、そっか...。いい人見つかったんだね。お幸せにね。じゃあ」

 「ああ...」


 そして、気がつけば、意外にもと言うか、さっきまでの行動が嘘のように、あまりにもすんなりと席へと帰って行く亜梨紗の後ろ姿。


 「.....」


 おそらく、これでよかったのだろう...。と言うか、よかったはず。


 でも、何だ...。


 俺の思い違いであれば問題はないが、さっきの最後の


 亜梨紗らしくない、な作り笑顔の違和感は...。


 別に、亜梨紗がその彼女に嫌がらせをしたり、そういうことをしない性格であることはわかっているから、そこの点は心配はしていないし、そもそもどこの誰かなんてわかってもいないだろうから、それが嘘か本当かなんて確かめたりもしないはずだ。と言うか確かめようがないはず。


 もし、仮に心配するならば、その事実かどうかの確認うんぬんの話の方ではあるが、そもそも、俺なんかに彼女がそこまでするとも思ってはいない...。なんせ、やはり今日も見ていてわかったが、俺と違って、亜梨紗はずっと男から引く手数多だからな。今の状況がちょっとおかしいだけ。そう。おかしいだけ...。


 「.....」


 とにかく、もうこれで元彼女、亜梨紗と会うのは最後のはずだ。


 でも、やっぱり久々ではあるが、実際に顔を合わして声を聞いてしまうと俺は感情がまだ色々と...。まあ、本当にこれで最後であることに違いはないから、耐えきったということか。


 そう。本当の本当にさよならだ。このまま予定通り、ひっそりと店を抜けさせてもらう。


 「.....」


 でも、あらためて本当になんだったんだろうか。あの違和感...。


 いや、気のせいか。気のせいだな...。


 さよならだ。

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