第11話  youtubeを見ながら晩ご飯を食べる男です。


 今日は、何だかんだで昨日と違って平和に仕事を終えることができたと思う。

 おかげで19時には仕事をあがれて、まだ暗くなる前に家に帰れた。


 そして、俺はひとり静かに自宅のノートパソコンで動画を見ながら、よく行く弁当屋の安い値段の弁当を食べているところ。


 何だかんだで、彼女がいない生活にももう慣れた。むしろ、今は軽くではあるが昔から日課となっていた筋トレをする時間がまた増えたり、ぼーっとのんびりする時間が増えたりと、今は今でこの自宅でのゆったりとした時間を送ることに満足はしている...。


 彼女と付き合っていた頃は頃で、それはもちろん楽しかったのだけれども、最後の方は今思い返せば俺だけが空回りしていた感がやっぱり少なからずあったから...。


 やっぱり俺に彼女がいたこと自体が奇跡で、元々はこっち側なんだよな、俺...。


 そう。彼女のことを学生時代に好きになって、いつまでも一緒にいたくて、彼女好みの俳優に肉体を近づけるために筋トレをしたり、それまで全くといって興味のなかったファッションの勉強をしたり、いい企業に就職できるように就活を頑張ったり、彼女の好きそうな遊べる場所や飲食店を色々と探したり、ほんとそれまでの自分に比べると色々と変わったよな...俺。


 まあ、そう考えると彼女に出逢えたことは俺の人生でかなりプラスになったのだろうと思わざるを得ない。


 だからもう、そういう経験が奇跡的に人生でできたことに感謝し、俺は残りの人生はずっと独りでも別に問題ないと思っているところだ。


もう、あれ以降何度か連絡が来ていた彼女の連絡先もブロックして、繋がりを少しまだあった未練とともに完全に断ち切った。


 今は生涯独身。そういう生き方の選択肢を選ぶ人たちも多いと言うし、正直、浮気をされた自分のどこが悪かったのかも、いまいち把握をできていない俺が、いま新たにまた誰かと奇跡的に付き合うことができたところでだ。また同じことが起こる可能性も大いに否めない...。


 だから別に特段、独りでも問題はないのだ。


 と強がったりするも、俺は今、アプリでマッチングをして、昨日からやりとりしている相手からのメッセージを食い気味に返してしまっているところ...。


 だって、 相手のレスポンスもかなり早いし、何よりやっぱり気が合うのか、やりとりをしていてすごく楽しい。


 とはいえ、やはり飯を食いながらは行儀が悪いかと一旦、俺はスマホを置いて、パソコンでyoutubeの動画を見ながらご飯を再開す....って、うおっ


 まじか。


 いつの間にか、さっきまで見ていた動画の再生が終わり、あなたへのお勧めの動画として、数々の動画のサムネがパソコンの画面には羅列されているが....


 そこには【弊社の営業マンの1日に密着】といったサムネイルとともに見知った顔の美人が映っている光景。


 いわゆる企業の宣伝動画か...。


 それにしても、すごいな。


 さん。


 うお、今日の昼に公開されて、もう1万再生も。


 思わず、見知った顔が動画内に出てきたことに俺もテンションがあって、クリック。そして再生をしてしまっているが、そのコメント欄もすごい。


 『倉科さん、美しすぎる』『冷たそうな雰囲気からのその笑顔とお茶目さは反則すぎる』『本当にこの人がこの会社で働いて営業しているの?この動画のために雇った女優さんとかではなくて?』『なんでも契約するので僕の会社にも毎日来てください』『いくらでも御社と契約しますので彼氏に立候補させてください!』


 などと言ったコメントがずらーっと並んでいる。


 しかも、途中からはもう企業に対するインタビューと言うより、倉科さん個人に対するインタビューみたいになっているいるし...


 「ちなみに倉科さんは今、旦那や彼氏は?」

 「はい。いません。絶賛募集中ですー!」


 嘘つけ...。何度も言うが、こんな美人にいないわけがない。


 「もしかして、今取引している会社の中に好きだったり、狙っている男性がいたりしますか?」

 「ふふっ、どうでしょう。内緒です...。と言うか、それ今関係ありますかー、もーう!」


 と言って、画面には照れた表情の演技でカメラマンであろう女性の腕を優しく小突く倉科さんの姿...。


 「.....」


 いや、やってんな。これ、完全にわかってやってんな。倉科さんもこの会社も。


 こんなの、今、倉科さんが担当している会社の担当者の男、全員勘違いして、その気になってボンボン狂った様に契約結びだすぞ...。


 いや、マジで。禁じ手で反則だろ。こんなの。


 うちだったら、今彼女とやりとりしているのは....わからん。別の部署の誰か。


 でも、まあ、あいつ。木村じゃなくて良かった。あいつが担当者だったら間違いなく暴走して彼女と無茶な契約をボンボンと交わして損失をもたらしていたことだろう。


 まあ、そうであったとしても俺には関係のないことではあるが....やっぱり凄いな。まだどんどん再生回数が伸びている。ただの企業動画で。試しにこの企業の他の動画の再生回数を確認しても、300回とか、多くても1,000回とかそんなもの。それがこの倉科さんの動画はもう、今日の昼に公開でこの再生数だからな...。


 確かに、こんな美人がただの企業動画の社員としてサムネに映っていたら、試しに押してしまう気持ちは男としてわからなくはない。


 わからなくはないが、まあ、どちらにせよ。俺とは住む世界の違う人間だ。


 俺にとっては別に何でもいいことであることに違いはない。


 今の俺はとりあえず、まだ相手の顔も名前もわからないがこっち。マッチングアプリだ。って、うお


 『今週の金曜日の夜に一度お会いして、軽くお酒でも飲みながら楽しくお話してみませんか?仕事終わりだから、例えば20時くらいとか』


 ま、また今回も会う約束が向こうから来た。


 もちろん、断る理由は別にない。ないが20時か...。いや、いける。最悪、仕事が万が一終えられなくても土曜日に出社すればいい。


 そうか。今週か。


 実質、一回目のマッチング。


 正直、彼女とはやっぱり気がものすごく合うし、少なくとも友達にはなりたい。


 「.....」


 でも、あらためて、ほんと凄いな。倉科さん...。


 彼女みたいな人は、絶対に俺と違って生涯やることがないんだろうな。


 マッチングアプリなんて。

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