第10話 機嫌がいい男です。


 何だ。今日の木村は朝からやけに静かだな。


 いや、実にいいことなのだが、逆に怖い...。今も自分のデスクに静かに座って、斜め上の窓の外を眺めながら珈琲を啜っている様子。


 その視線の先には、ただただ曇った空。そして雨が静かに音を立てて降っている光景が広がっているだけ。


 「......」


 昨日は、週の初めからいきなり疲れに疲れたが、もしかしてまた今日も何かやばいことが起こる兆しなのか?


 もちろん悪い意味で...。


 それに、ぼーっとしていると思ったら、いきなり一人でニヤニヤしだしたり、今日のこいつは本当に、いつにもまして意味がわからない。


 とうとう本格的に壊れたか?


 そして時折、ちらちらと俺の方に視線を向けてくる仕草にはさっきから辟易して仕方がないが、俺はもちろん、ずっと無視をし続けている。

 

 そう。何だかんだで俺ももうわかっている。


 こいつはさっきからずっと俺にをしている。


 だからこそ俺は絶対にとは意地でも言わない。勝手にやってろバカ...。


 とは言っても、もう今日もお昼の時間。


 そろそろ何らかのアクションを起こしてきそうで...


 「なあ、佐藤」


 案の定、起こしてきたな...。糞ブ男が椅子で脚を組みながら座ってこちらに身体を向けてきた。


 「昨日、梓さんからお前はlineが来たか?」


 そして何だ。梓さん?ああ、倉科さんか。


 「いや、来てないけど」


 来てないけど、それがどうした。と言うか来ないだろ。


 「あー、やっぱりそうか。申し訳ない。俺の配慮が足りなかった」

 「あ? だから何だよ。何が言いたいんだよ。はっきり言えよ...」


 そろそろその表情とか態度が本格的にうざい。


 「いやー、俺さあ。昨日家に帰ってサッカー見てたらさあ」


 こいつ、俺がヒーヒーいいながら残業している最中に呑気に俺も見たかった日本代表選見てやがったのか。やっぱり、殺してぇ。


 「急にスマホにlineの通知音が鳴ったのよ」


 ああ、何か語りだした。普通に普段ならこういう場合は無視をして独り外に食いに出るところだが、最悪にも今日は雨。そして俺は傘を忘れた。


 だから、結局。傘を持っているこいつ待ち...。


 「で、誰かと思ったら、まさかの梓ちゃん」


 何だ。そのドヤ顔。ぶん殴りてぇ。それに何かもう倉科さんのこと梓呼びをしちゃっているし。

 

 「なーんか、色々話が盛り上がっちゃってさあ」


 もう俺の視線の先の男は何も言わなくても勝手に喋り続けている。


 「しかも、あの数多の男がlineを交換できなかった梓ちゃんとlineだよ。俺も何回もトライして駄目だったけど。結局は交換できて既にやりとりもしている。これがどういうことかわかるか?佐藤」


 わからねぇし、わかろうとも思わねぇよ...。


 「要は結局は最後まであきらめずに粘ったもんが勝つってこと。もちろん仕事もだぞ、佐藤」


 とりあえず、真剣にこの男の顔面にグーパンをぶちこみたい。その今の自分の気持ちだけは十分にわかっていることだけは確かだ。やばい。手が震えてきた。


 「で、どうなったと思う?」


 あ? どうなった? 勝ったってことは予定どおり女紹介してもらえることになったんだろ?


 「彼女とのlineが盛り上がりすぎて、気がついたら。サッカー終わってた。はぁ、マジで災難だったぜー」


 まあ、どう考えても目の前の男の顔は災難だった顔をしていない。むしろこれでもかとニヤニヤとしていて本格的に今、俺は拳をふりあげたところ。


 あと何か、別に全然なにも思ってはいなかったけど、段々と、倉科さんからこいつには連絡があって、俺には何の連絡もなかったという事実に、こいつのこの勝ち誇った表情も相まってちょっとイライラとしてきてしまった自分がいる。


 何だよ。真剣にこいつには紹介できる女がいるのに俺にはいなかったと言うことか?そういうことなのか?


 そして、一体。こいつがあの倉科さんと何の話で、そんな数時間にも渡って盛り上がった...? あまりにも謎すぎてめちゃくちゃ気になるが、聞いたら絶対にまた永遠と話を続けることは目に見えているから我慢だ。どうせ、俺には関係ない。


 「じゃ、行くか。飯。今日は気分がいいし、哀れなお前に何でも奢ってやるよ」


 そして良かったな。木村。その言葉がなければ俺はこのままお前の顔面にこの右拳を振り下ろしていた。一言あまりにも余計だったが、最後の言葉でギリプラスだ。


 で、結局。こいつは倉科さんに可愛い女の子を紹介してもらえることになったのだだろうか?まあ、気分がよくなっているみたいだし、このまま言葉どおりに奢らせるためにあえてそこには触れないでおくけれども...。


 「でも、梓ちゃんもやっぱ昼間は忙しいんだなー。今日の朝からスタンプばっかり。体調とか崩さなければいいけど。あんまり仕事で無理しすぎないようにね。送信っと」


 ん? って、また来た。


 そう。昨日の夜にマッチングした相手からアプリにメッセージが。


 おそらく向こうもお昼なのだろう。


 一応、すぐに返事を返しておこう。


 それにしても、何と言うかマッチングアプリもバカにはできないな。

 この人ともやけに波長が合う。今回も、昨日の今日でまだそこまでやりとりをしているわけでもないし、この人の顔も本当の名前もわからないが、普通に楽しい。


 何だかんだで、このマッチングのおかげでもあるのかもな...。俺が今のこの苦痛の数分を耐えられたのも。


 まあ、とにもかくにも腹が減った。飯行くか。


 って、何だよ。


 雨...止んでるのかよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る