第8話 昼休み終了5分前です。

 「あ、いたいた。今田ちゃん。元気ー!やっぱ、その髪めっちゃ似合ってるねー!」


 いや、結局、今田ちゃんのところにも寄るのかよ。もう昼休み終了まで5分を切っているし、こんな時間に来られても今田ちゃんも迷惑すぎるだろう。

 しかも、またイケメンしか言ってはいけないようなセリフをこいつはいとも簡単に...。


 俺は周りからの視線もあって、結局のところ入り口付近の、中からちょうど見えるか見えないかのところで隠れるように待機。実際、昼休みは休憩ギリギリまで寝たい人もいるだろうに、またそんなテンションと大きな声でこいつはずけずけと...


 それに、昨日の今日で、あんなことがあった今田ちゃんと顔を合わせるのはやはり気まずいし、向こうもきっとそうに違いない。


 「あ、木村さん。どうしたんですか?」


 ほら、さすがのあの、いつも愛想のいい今田ちゃんでも、かろうじて迷惑そうな顔をしていないまでも真顔対応だろうが。


 「いやー、今田ちゃんが髪切ったことを言ったらどうしてもあいつが見に行きたいっていうから仕方なくさー」

 「はい?あいつ?」


 そして、気がつけば俺の方に指をさしてくる木村の糞。


 このボケ...。誰がそんなこと言った。マジでこ〇すぞ...。

 

 「あ!佐藤さん!」


 するといつの間にか、ちょこちょことこっちに可愛く早歩きで向かってくる彼女、今田ちゃんの姿。


 「土曜日はご馳走さまでした。本当に楽しかったです」


 そして、俺にしか聞こえないぐらいの声でそう言って、土曜日のお礼を耳元で囁いてくる...が


 「ほら、佐藤。めっちゃ可愛いだろ!今田ちゃん」


 良かった。あのバカには聞こえていない。


 「え、ああ、まあ...」


 土曜日のことがこのバカにバレたら一気に社内に広まってしまうからな。別に俺と今田ちゃんの間には何のやましいこともないが、こいつのことだから変に尾ひれがついたりして、彼女に迷惑をかけることだけは本当に回避したい。


 「ふふっ、似合ってますか。やっぱりそう言ってもらえると嬉しいですね」


 って、うお。近っ。


 てか、至近距離でまたその微笑みはやばいから。


 今田ちゃんもあいつに声が届かないように配慮をしてくれているのかもしれないが、いや何だこれ、デジャブ? にしても、距離感はあの時よりも今の方が圧倒的に近い。


 「ところで今日のお昼は何食べたんですかー?」

 「えーっと、だし巻き定食...かな」


 しかも、何と言うか、今日は耳元で囁かれている感じもあってちょっと...


 と言うか、い、今田ちゃんってこんな甘い感じの声だったっけ...。

 いや、ひそひそ声で喋ってくれているからそういう風に感じてしまっているだけか、何を変な感じになっているんだ俺は。普通に思考が気持ち悪いぞ。やばいな。


 「ふふっ、すぐそこの中華料理屋の隣の定食屋ですか?」

 「え、そうそう。そこ」

 「あー、私あそこ地味に入ったことないんですよ。今度また私も連れてって欲しいです」


 そして、またそんなニコっと...。


 あらためて実感する。


 さっきの倉科さんの笑顔も破壊力がえぐかったが、やはり今田ちゃんの笑顔の破壊力もえげつないな...。しかもこの近さだと一層。


 両方ともビジネスでの笑顔であることに違いはないのだろうが、今田ちゃんの方がやっぱりより自然というか、作り笑顔がうますぎる。


 こんなの女優より女優だろ。

 

 素直に凄すぎる。

 

 って、なんか、静かになったと思っていたら、俺の横目にはある光景がさりげなく映り込んでくる...。


 「......」


 何か。木村が、この今田ちゃんの今の部署の課長に静かに怒られている...。


 とりあえず、いい歳した大人が仕事とは関係ないことで淡々と怒られている...


 本当に何やってんだあいつ...。


 とりあえず、俺まで巻き込まれたら溜まったもんじゃない。ちょうど昼休みも終わるし、静かにフェードアウトする他ない。


 「じ、じゃあ、今田ちゃ、今田さん。時間だし、帰るわ。では、また」

 「はい!ふふっ、と言うか、もう今田ちゃんでいいですって。その方が私も嬉しいですし」

 「え、あ、ああ。じゃあまた」

 「はい!また!」


 いや、でも今田ちゃん呼びはさすがに、あのバカと同じみたいでちょっと。それに嬉しいとは言ってくれても、実際にそう呼んでさりげなく眉を顰められたりしてもただただ恥ずかしくなるだけだしな。

 

 あくまで俺はあのバカと違って身の程は弁えておきたいから、その言葉を真に受けるつもりはない。....ない。


 まあ、何でもいいが、一刻も早くこの場から退散。それに尽きる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る