第7話 以前お世話になっていた取引先の人と社内で遭遇です


 昼休みもあと数分で終わりという時間。俺たちは昼飯を食い終えてもう会社にも戻ってきたが、午後からまだ色々とやらなければならないことが溜まっていることを思い出すと、ダルさがどっと身体を襲ってきてしまう。


 「おい、佐藤。今田ちゃんの部署に寄ってから戻ろうぜ」

 「いや、何でだよ。用ないし、普通に戻ろうや」

 「いや、髪切った今田ちゃん、お前も見たいだろ?」


 もう土曜日のこともあって知ってるし、だからこそ、気まずくて今日は正直、個人的に顔を合わせたくはないから嫌。

 

 とはいえ、こいつに聞く耳がないことはいつものこと。どうせ無理やり連れていかれるのだから、彼女がたまたま席にいないことを願うばかりだ。


 「あ、佐藤さんと木村さん。ふふっ、もしかして二人そろってお昼ご飯でした?」


 ん?


 「ああ!あずささん!」


 俺が聞こえてきた声に振りかえるよりも先に、隣からはうるさい木村の騒音が聞こえてくる。

 

 そして、実際に後ろを振り返ってみると、そこには さん。以前の部署でお世話になった取引先の女性が廊下に立っている光景。


 今田ちゃんではなくて、とりあえずは一安心だ。


 「相変わらず、お綺麗ですねー」


 それにしても、木村。こいつは本当に凄いな。臆面もなく女性を下の名前で呼んで歯の浮くようなセリフを...。


 いや、まあ倉科さんが美人であることは実際お世辞ではなく、客観的に見ても事実ではあるが、お前みたいな三枚目がそういうことをすると見ているこっちがヒヤヒヤしてしまうから止めて欲しい。


 「ふふ、もう、木村さん。そんなこと言っても何もでませんよ!」


 でも、そこはさすが倉科さんと言うべきか。彼女の方がこいつよりも一枚も二枚も上手だ。今も軽くボディタッチをされただけで木村もう気持ち悪いぐらいにデレデレとしてしまっている。


 何と言うか、この長くて薄くブラウン色に染められた綺麗な髪が印象的な、いかにも仕事ができそうで、モデルみたいにスレンダーでスーツの似合う倉科さん。


 俺も前の部署で色々と関わりを持たせてもらったけど、とにかく本当にすこぶる上手いんだよな...。俺たちみたいな男の扱い方が。


 確か、このバカが聞きだした情報によると俺たちよりも彼女は1歳ぐらい歳下みたいだが、もう大人っぽさやコミュ力など。何から何まで色んな面で人間として負けに負けている気しかしない。


 それに、実際、綺麗すぎる上に一見、クールで、俺たちみたいな男には、まともに口を開いてくれそうもない彼女が、実際はめちゃくちゃ愛想よく接してくれるのだからな。


 同じ美人でも、元々愛想のよさが滲みでていて、実際に超愛想がいい今田ちゃんとはまた違って、倉科さんは、元々は冷たそうだが実際には、いや、ビジネスでは超愛想がいいタイプと言えようか。


 だからそのギャップに仕事だからとはわかっていても、この木村みたいに転がされてしまう男がいてしまう気持ちも、俺も男だからわからなくはない。実際、この一流の女性営業マンの術中に色々な男がまんまと嵌ってしまっていることも事実だ。


 とにもかくにも、俺の見る限り、狙った仕事と男は確実に手に入れてしまうであろう完璧な女性。それが彼女だ。


 「あ、そうだ。梓さん!もしよかったら今度一緒にお食事でもどうっすか!」

 「え、お食事ですかー?あー、かなり嬉しいんですけど。そういうの会社的にちょっと駄目になっちゃってまして、あっ、でも、もしよかったら今度可愛い女の子とか紹介しましょうか? 私よりも可愛い子いっぱいいますよー」


 まあ、さすがにこいつみたいに、身の程もわきまえずに彼女が仕事だから自分に優しくしてくれているとわかっていないバカは論外だが...ほんとこいつメンタルだけは一流だな。


 そして、これまたこのバカが彼女から聞き出していた情報だが、倉科さんは現在彼氏なし。その情報にまんまと踊らされてこいつは彼女をご飯とかに誘っているのだろう。本当にバカか。バカすぎるだろ。


 彼女に彼氏がいないわけがないのに。


 こんなに仕事ができて計算高い、何もかもを自分の思い通りに動かしていける能力を持っているであろう彼女だぞ。仕事のために嘘をついているだけで実際は超高収入、高身長、高学歴の、俺たちとは性能があまりにも違う医者や外資の高スペックイケメンとかと付き合っているに決まっているだろうが。


 仕事外のところでは俺たちなんて彼女の視界にも入っていないことに、いい加減に気づけ。


 「あ、そうだ!女性ならこいつに紹介してやってくださいよー。こいつ、最近彼女に浮気されてフラれちゃった可哀そうな男なんですよー!もうマッチングアプリなんてすぐに始めちゃって」


 そして、このバカ...。また話の話題に詰まったからって、俺のことを...


 しかも、フラれたわけではないし、そもそもマッチングアプリを進めてきたのはお前だろうが...。まあ、浮気をされた=フラれたとなるのならば、あながち間違いではないのかもしれないが、そんなの今となってはどうでもいい。


 「......。へぇー、そうなんですか。見る目のない残念な女性もいるんですねー。へぇー、今フリーなんですか」


 いや、今の間はなんだ...。必死に今の歯の浮くようなお世辞を頭の中でひねり出してくれた時間か?それとも、さすがに俺に紹介できる女性はいないから困った的な間か...?


 まあ、何でもいいが、本当に困ったら俺のネタで話を繋ごうとする癖はいい加減にこいつにはやめてもらいたい...。


「あ、そうだ! じゃあ、実際にお二人に女性を紹介したいと思いますのでlineの交換だけしておきましょうよ」

「え?本当にいいんっすか。マジっすか。やばい。佐藤やばいぞ。倉科さんとline交換できるなんてやばすぎるぞ。会社のほとんどの奴らが入手できない超レアline!ありがとうございます!」

「いやいや、何を言っているんですか木村さん、私のlineなんてそんな大したものじゃないですよー。お二人にはお世話になってますし、単純に力になれればと思っただけです!」

 

 いや、木村。恥ずかしい。お前は恥ずかしすぎてやばいぞ。社内で何だそのはしゃぎ様...。俺を巻き込むことだけは本当にやめろ。


「はい!では、佐藤さんも交換お願いします!」

「え、あ...はい。ありがとうございます」


 ま、まあ、断る理由もないからもらってはおくけど..


 あらためて思う。倉科さんのこの雰囲気から繰り出されるギャップのある上目遣いのこの笑顔。


 これも今田ちゃんとはまた別のベクトルで同等のやばさだ。


「やった!」


 そして、この小さい声で、いかにも男の喜びそうなことを口にするこの感じ。これも見た目に反してギャップがえぐい。


 まあ、俺は木村と違って、一応、今までは彼女がいたから、傍から彼女のこの感じを観察する時間が長かったこともあって、勘違いしたりすることはないが、それでもだ。


 やっぱり直に受けると凄いな。破壊力。


 「じゃあ、お二人ともまたlineしますね。では、今後ともよろしくお願いします!」


 そして、何か巻き込まれたけど...。まあ、どうせlineなんて来ないからどうでもいい。隣のテンションが爆上がりしているこいつはある意味では幸せな男だ。


 でも、スマホをとりだしたついでにまた確認をするが、やっぱりアプリにはいいねが付く気配が全くないな...。


 だからと言って、顔出しと実名は絶対に嫌だし...。


 そうだな。ちょっと自己紹介欄だけ今日の夜にでも弄って見て、これであと一週間反応がなかったらきっぱり退会でもするか。


 このまま無料期間の2か月もこれに気をとられるのはしんどいし、あまり色々とよろしくないしな。

 

 って、すげえな。こいつ木村


 一瞬目を離したら、もう彼女、倉科さんにlineを打ってやがる...。


 まだ彼女がここを離れて数秒だろうが...。

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