第5話 1日を振り返る男


 もう、夜か。晩飯でも買ってくるか。


 とりあえず、今日という一日は、初めこそは死ぬほどびっくりしたものだが、終わってしまえば普通に楽しい1日だったと思う。


 そんなことを考えながら、俺は今田ちゃんにお昼に頼まれていて、さっきちょうど妹から送ってもらった実家で飼っていた飼い猫のミミの写真をぼーっとlineで送信する。


 お昼に猫の話が話題にあがって、その流れで一応写真を送ることになったのだが、まあ、実際はそんなに求めてはいないのだろうと思う。あの場で彼女が俺との話を盛り上げようとしてくれて、とりあえずで、俺の実家の猫が見てみたいと言っただけだ。


 実際、送らないでおこうとは思ったが、一応は約束したから送信した。

 まあ、俺がすっきりするために送る。それだけだ。


 「.....」


 でも、お昼に今田ちゃんと二人でいる時には、驚きなどから、そんなことを考えたり、情けなくもそんな余裕もなかったのかもしれないが、夕方に彼女と別れて家に帰ってから、じわじわと今日のことを思い出して今さらテンションが上がってしまっている自分がいる。


 まあ、だからと言って、何か彼女と今後もあるのかと言われれば絶対にないことはわかっている。わかってはいるが、一生で一度の想い出にはなったことに違いはないだろう。


 「....」


 とりあえず、本当にあんなに美人で可愛くて、愛嬌があって、気がきく。色んな男からアプローチを受けて引く手数多。そんな完璧な女性が、なぜマッチングアプリをしているのかは、あらためて謎でしかないが、今度、木村に自慢してやろうと思う。


 と思ったが、やっぱり無し。人間拡声器のあいつに言ってしまうとすぐに周りに広まってしまって、今田ちゃんに迷惑がかかってしまうから無し。


 って、返信早いな。


 『可愛すぎます!ありがとうございます。待ってました!私、超がつくほど猫ちゃん好きなんです!』


 まあ、おそらく待ってなどなく、あー、そんな話もしたっけって感じで思い出してくれたのだろうが、さすが今田ちゃん。愛想のいい返し。


 もちろん、こちらとしては悪い気はしない。


 と言うか、今、俺。今田ちゃんとlineしているんだな...。


 「....」


 いい歳した大人が、会社の可愛い女性とのlineにテンションがまた上がりつつあるこの状況は割と、いや、普通に気持ちが悪いな...。


 『私、猫カフェに休日に行ったりもするんです!』

 

 でも、猫カフェか...。猫カフェで猫と戯れる今田ちゃん。普通に可愛いな。


 『へぇー、猫カフェか、行ったことないな。お洒落な趣味でいいな』


 とりあえず、俺も彼女をそう褒めておく。実際、褒めることができているかはわからないが、まあ彼女に猫カフェは実際似合っているとは思う。と言うか、今田ちゃんなら何でも似合う。


 『えー佐藤さん、行ったことないんですか! 超、楽しいですし、超、癒されますよ!もしよかったら今度一緒に行きましょうよ!』


 そして、最後に100%の社交辞令が飛んでくる。


 『ぜひ!』


 まあ、社交辞令には社交辞令で返す。それが大人だ。

 実際に行くことがないことは確定しているが、それは向こうも俺もしっかりとわかっている。


 今田ちゃんと今日みたいなことはもう未来永劫起こらないだろう。


 「.....」


 でも、今日のまさかの出来事の発端となったマッチングアプリ。結局、今田ちゃんと以外、マッチングする気配が微塵もないな...。


 やっぱり、顔とかも載せないと普通はこうなのか...。それはそうか。


 って、その今田ちゃんのアカウントも消えているな。


 まあ、そうだよな。いざ、マッチングして現れたのが職場の人間。それも俺だったのだからな。


 それはうんざりして消えるわな...。



 まあ、とりあえず、何でもいいけど飯買いに行こ。

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