第2話 まさかのもうマッチングしてしまいました?


 昨晩は仕事を放っぽりだして同期で性格の悪いブ男、木村と飲みに飲んだ。

 どうせ、頑張ってもどうにもならない理不尽な仕事だったから仕方がなかったことだ。


 にしても、案の定。朝一でその理不尽な仕事を押し付けてきたハゲからキレにキレられてしまったが、不思議と今日は全然気にならなかった。


 まさか、あのハゲのパワハラが気にならないほどに、こっちがこんなにも気になるようになってしまうとは。



 



 そう。昨日にあいつから勧められて登録したマッチングアプリだ。


 そして、今はもう定時を過ぎた夕方。いつもなら俺の死んだ魚の様な目に一層拍車のかかりだす時間だが、何故か今日はまだまだ気力がある。


 おそらく、このアプリでの今日の出来事が理由だろう。


 それにしても、木村。あいつ、本当にマッチングアプリマスターだったんだな...。


 半信半疑で、あいつから本名と顔写真を乗せずにマッチングできる確率があがる方法をレクチャーしてもらったが、まさか翌日の午後にはマッチングしてしまうとは。


 しかも、今週の土曜日にはもう会う約束をしてしまうといった急展開。


 でも、ほ、本当にこういうものなのか? とりあえず俺は運がよすぎたのだろうか。向こうも顔のわからない写真のプロフではあるが、やりとりをする感じでは悪い人ではなさそうだし、俺と同じマッチングアプリ初心者だそうで、ちょうどいい感じすぎて逆に怖い。


 でも本当にすごいな、これ。どおりでマッチングアプリで結婚する人達が増えるわけだ。こんなに簡単にマッチングできるなんて正直思ってもいなかった。


 あいつ木村、人の個人情報をむやみやたらに喋ってしまうただの壊れた人間拡声器じゃなかったんだな。


 なんか、今日のお昼も今田ちゃんと楽しそうに俺の別れ話で盛り上がっていたみたいだが、今回だけは許してやろう。どうせ、佐藤が彼女にフラれた翌日にすぐに俺に慰めて欲しくて泣きついてきたとか、そういう虚言を言っているだけだろうし。


 でも、今思えば、マッチングは上手いのに彼女がいないあいつって...


 「ごめんなさい。ちょっと土曜日は予定が入ってるんです」

 

 そして、そんなことを考えながら、会社のエントランスの自販機でコーヒーを買っていると、どこからともなく知った女性の声が聞こえてくる。

 

 「じゃあ、日曜日は? 優華ちゃん、 この前美味しそうに鴨肉食べてたよね。俺、めっちゃ美味しい店知ってるんだよね」

 「ごめんなさい。二人っきりはちょっと」

 「え? でも、彼氏いないんでしょ」

 「いないですけど、二人っきりは本当にごめんなさい。土曜日は本当に大事な用事がありますし。その気のない男性とはそういうのは行きません。じゃあ、私行きますね」


 おお、今田ちゃんだ...。おそらくもう家に帰るのだろう。

 そして、視線の向こうの彼女の隣には、また一人、今まさに彼女に撃沈した男の姿。


 あの男はおそらく、最近転職してきた...名前は忘れた。別にイケメンではないが、押しの強そうなイケイケ風の色黒ツーブロック。そんな男が抜け殻のように放心状態になっている。


 まあ、それはそうだよな。


 いつも天使のような可愛すぎる笑顔と愛嬌を向けてくれる彼女から、あんな真顔できっぱりと断られたらああなる気持ちも男としてわからなくはない。


 でも、そうしないとおそらく相手に変な期待をずっと持たせてしまって、いつまでも、しつこくされてしまうから仕方がないのだろう。特に今のあいつはちょっとしつこすぎたしな。


 でも、あらためてわかった。やはり彼女には確実に彼氏がいる。そしてその土曜日の大事な用事。それは間違いなく彼氏とのデートなのだろう。


 それにしても、やっぱりモテる女性は違うな。アプリなんて使わなくても毎日がリアルでマッチング。

 

 ちょっと格が違いすぎてもう...。


 とりあえず、あいつから離れた少しさらに遠くの方には、ついさっきとは打って変わって嬉しそうに誰かにスマホでlineか何かの文字を打っているであろう彼女。


 普通に可愛い。可愛すぎるな。


 絶対に彼氏だな...。何だあの笑顔。ラブラブかよ。羨ましい。

 と言うか、最近はいつにもまして明るい気がするけど、何かいいことがあったのだろうか。もしかしてその彼氏にプロポーズされてもう結婚することが決まったとかそういうこと?


 って、俺のマッチングアプリのメッセージにも新たに返信が。


 『土曜日はお会いするのが本当に楽しみです!私、美味しいお店知ってますのでぜひ楽しみにしていてくださいね!』


 そう。彼女は彼女。別世界の人間であり、俺は俺の小さな幸せを噛みしめるだけだ。


 でも、本当に楽しみだな。土曜日。一体どんな女性が来るのだろう。


 って、今度はまた...元カノから着信か。


 いや、さすがに...。


 2の浮気を許すのはもう俺でも無理だから。


 俺もそこまでお人よしのバカではない...。


 出るわけがない。

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