what's your favorite color?

結城灯理

第1話

 突然、目の前に人のようなナニカが現れた。


 人のようなと表現したのは、全身にブラウン管テレビみたいなノイズが走っていて、不断に変わり続けているからだ。

 ナニカはノイズが走るたび、背丈や服装、髪型が変わる。人そのものが変わっているのだ。

 色んな人間が高速で入れ替わり立ち替わり、そのナニカを構成している。

 入れ替わりが激しいせいで、全貌をうかがい知ることができないのだが、一貫してどの人間も底の厚い眼鏡をかけているようだ。

 

 ナニカに戸惑い、わけも分からず唖然と立ち尽くす。

 気を取り戻して慌てて周囲を見渡すと、自分の周りには誰もいなかったし、なにもなかった。ここに世界はない。

 ナニカと二人きりになる。


 そのナニカは、気づけば僕の正面に立っていた。


「なにかご用ですか? 」


 恐怖に掻き立てられて小さい声で尋ねた。

 とにかく、このなにかの正体を明らかにしないと。


 なにかは、ノイズが入って不断に変化する顔を横に振った。

 そして、口と思わしきものを動かす。


「あなたは黒が好きですか、それとも白が好きですか? 」


「どういうことですか? 」


 質問の意図が汲み取れずに戸惑う。なにかはもう一歩僕に近づき、退路を消した。


「いいから答えて下さい」


「強いて言えば黒ですかね」


 言うと、ナニカは満足したように笑った。


「では、あなたは白が嫌いということですね」


「いや、そういうわけではないんですけど。白も清潔感あって好きですし。どちらかと言えばって話です」


「でも、あなたは黒が好きって自分で言いましたよね」


 ナニカがもう一歩近づいてきた。どこか腹立たしげな様子だ。

 

「まぁ、そうなんですけど。正直、別にどっちがどうっていうのはないですね。ちょっと、黒のほうがしっくりきただけなので」


 なにかは心底不服そうに手を広げた。判定に不服なスポーツ選手みたいだ。


「では、質問を変えます。あなたは赤と青どちらが好きですか? 」


「まぁ、強いて言えば赤ですかね」


 言うと、ナニカは満足したように笑った。


「では、あなたは青が嫌いということですね」


「いや、そういうわけではないんですけど。服は青とか紺の寒色系が多いですし。どちらかと言えばって話です」


「でも、あなたは赤が好きって自分で言いましたよね」


「まぁ、そうなんですけど。正直、別にどっちがどうっていうのはないですね。よく考えると、日用品に赤が多かったってだけなので」


 なにかは心底不服そうに手を広げた。理解ができないといった様子だ。


「では、質問を変えます。あなたは何色が好きなのですか? 」


「まぁ、服は青ですかね。でも、緑色も好きだったりしますね。落ち着きますし。あと、先ほどもお伝えした通り、赤は生活の中にいるし、黒も格好良くて好きですね。ああ、でもピンクなんかも好きですよ。派手だけど、鮮やかで元気出るじゃないですか。黄色もいいですよね。推しのサッカーチームのユニフォームが、格好いい黄色でして。たまに着るんですよね。組み合わせだと……」


「もういいです。あなたに尋ねた私が間違っていました」


 なにが間違っていたのかさっぱり分からないのだが、ナニカは僕を責めるような口調で言った。

 嘘ついてもしょうがないから、正直に答えたつもりなんだけど。


 突然絡んできたくせに謝罪もないらしい。一体どういうつもりだったのだろう。

 でも、おかげで自分が色んな人間であることを確認できた。

 自分って意外と多角的なんだな。計算の難しい多面体だ。なんとなく誇らしい感じがした。


「ねぇ、せっかく早めにあがったんだからさ。なにウトウトしてるの」


 柔らかな肩の感触に目を覚ますと、グレーのジャケットを着た彼女が不満そうな顔で立っていた。


「ごめん、ごめん。ちょっと疲れてたんだ」


 視界は華やかな色をしていた。あのなにかと対峙する前の空間だ。


「お疲れ様。でも、何回か連絡したんだから応えてよ。探したんだからね」


「あれ、俺どこで待ってるかって伝えなかったっけ? 」


「え、連絡来てないよ。マナーモードにした? 」


「いや、してないはずなんだけど……」


 スラックスのポケットからスマホを取り出す。真偽を確認するためにスリープ状態を解除しようとすると、スマホの電源が切れていた。この場所に来た時点で、充電は半分ほどあったはずだ。充電切れではないだろう。


 疑問を感じつつ、電源を入れた先には色がなかった。

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