希死念慮
金木犀
希死念慮
私は30歳になったら、全てを終わらせようとしているの。
つまり死のうと思っているのだけど。
何度も言いかけ、飲み込んだ。
特段辛いことがあったわけではない。決定打があったわけではない。
日常は穏やかで、周りの人は優しく人間関係にも恵まれていると思う。
自己主張の激しい私を、プラスの言葉で表現し、あたたかく接してくれている。
大人な周りの人に囲まれたおかげで私の自尊心はすくすくと成長してしまった。
仕事が辛いわけでもない。転職を経てついた今の職は、こんなぬるま湯にいていいのかと思うほど緩い。きっとこのままでは、私は他の職にはつけない。それほどに緩く、ストレスのない職場でのびのびと働いている。
お金の心配もない。たくさん稼いでいるかと言えば、男性の平均に少し満たないぐらいだけど、行きたい場所に行けるし、欲しいものは生活に支障なく買える。多額の貯金があるわけではないし、自分が働けなくなった時に、それが続くとちょっとしんどいかなとは思うけれど、1年ぐらいのおやすみなら支障はでない。
友人も多くはないがいる。地元から離れた場所に住んでいるので、すぐに会える距離ではないけれど、今はインターネットの時代だ。話そうと思えば話せるし、SNSも繋がっている。ずっと人と接しているとしんどくなってしまう自分にとってはほどほどの良い距離だと思う。
趣味もある。本を読むのが好きだし、好きなキャラクターや人物への推し活もしている。旅行も好きで、出身地ではない場所の観光地は魅力的だし、地元の人間しか参加できないようなお祭りへも会社のツテで参加したりする。少し足を伸ばして飛行機にのって国内や海外へも行く。
それでも、真綿で首を絞められるように、死にたいという感情はずっと私に付き纏い、どうやって死のうかとばかり考えている。とりあえず30歳になったら死のうと、そればかり考えている。
人には希死念慮というものがあるらしい。世の中にはこれまで一度も「死にたい」と思ったことがないという人も存在するらしい。希死念慮という言葉を知った時、同時に知ったその事は、私をおおいに驚かせた。
例えば接客業についた事がない人が、世間とはズレまくった常識を振りかざして店員に怒鳴り散らす人間がこの世にいることを知らないように。例えば退職代行サービスを使って辞める人をバカにしている人が、普段からセクハラパワハラ当たり前、人間扱いしない言動を向ける上司がいる職場を知らないように。
この世にはどうやら、死にたいと考えるのは特別で、心の病んだ、社会不適合者なのだと考える人がいるようなのだ。
逆に、最近の若い人は希死念慮を抱えている人が多いと唱える人もいる。そうだよな、特別なことじゃないよなと。実際に行動に移してしまう人がどれほどいるのかもわからないけれど。
私が死んだあと、どれほどの人が私に思いを馳せてくれるのだろうか。ブルーピリオドという漫画で「裸で死ねるか?恥ずかしいと思うならそれは本気で死にたいわけじゃない」といった類のセリフがあった。自分が死んだあとのことを考えているあたり、私は本気で死にたいと思っているわけではないし、きっと実行に移すこともないのだろう。
希死念慮 金木犀 @osmanthus_n
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