春一番

洞貝 渉

春一番

 才能に恵まれていると、よく言われる。

 私が初めて人工精霊を作ったのは五歳の時だった。

 オルゴールを作ったのは八歳の時。

 どちらもかなりのクオリティで、周囲を驚かせたものだった。

 

 祖父母が春風を売る商売をしていたので、私もその血を引き継いだのだろうと言われた。

 祖父母の作る春風は非常に評判が良かった。

 祖父がオルゴールを作り、祖母が人工精霊を作る。そしてオルゴールに人工精霊を宿らせてからメロディを鳴らすと、春風が生まれる。特に祖父母がよく作ったのが【春一番】という種類の春風だ。

 

 四季、という自然現象がかつてはあった、らしい。

 暖かい春と暑い夏と涼しい秋と寒い冬。

 それぞれの季節に、それぞれの精霊がいて、その精霊たちが順繰りに四季を巡らせていたんだとか。

 おとぎ話のような話だが、事実、人工精霊はその季節の精霊たちを真似て作られているそうだ。


 【春一番】とは、四季の中にある春という季節を呼び込むための暖かくて強い風のこと。

 冬の精霊に順番を交代してもらうための合図になる風なので、これが上手く吹かないと、なかなか暖かい気候にならない。

 祖父母が手掛けた【春一番】は力強く、でも全く乱暴ではなくて、この風に吹かれると自然と気持ちが前向きになるような、思わず空を見上げたくなるような、そんな春風だった。私は祖父母の春風が大好きで、年に一回だけでは物足りずに人目を忍んでこっそりと吹かせては、季節が狂うと親に小言を言われていた。


 私が五歳の時、祖母が亡くなった。

 祖父は人工精霊が作れないので春風は作れなくなったけれど、オルゴール作りは止めなかった。祖父のオルゴールは単体でも評判が良かったし、祖母の作った人工精霊でなくとも、様々な人工精霊たちがよく馴染んだらしい。注文が入ればオルゴールを卸していた。が、祖父と専属で契約したいと申し出る精霊の作り手も多かったのに、祖父は誰とも専属での仕事をしなかった。


 祖母が亡くなりしばらくして、私は人工精霊を作り出した。大好きだった祖父母の春風をもう一度作りたい、祖父に作らせてあげたい、そんな思いで必死に作ったのだ。

 祖父はとても喜んでくれた。でも、私の精霊は、なぜか祖父のオルゴールに馴染まなかった。

 仕方がないさ、こういうもんには、相性ってやつがあるから。

 泣く私に、祖父は少し寂しそうにしながらも、優しく言った。


 祖父が亡くなったのはそれから三年後、私が八歳の時だ。

 祖父母は弟子をとっていなかったし親は早々に職人の道を諦めていたため、あれだけ評判の良かった【春一番】は作り手が途絶えてしまった。私はそれがとてつもなく悔しくて、寝食も忘れて没頭し、オルゴールを完成させた。

 周囲の人は驚いていた。凄いことだと、才能に恵まれていると、賞賛してくれた。

 でも、そんなものが欲しかったわけではない。

 私の人工精霊は、私のオルゴールになかなか馴染もうとしなかった。

 反発はしていない、興味を示すこともある。なのに、なぜか馴染まない。

 将来が楽しみだ、と両親でさえのんきなことを言うが私はそんな遠くのことなどどうでもいい。

 今、作りたいのだ。祖父母のあの【春一番】を。




 祖母が亡くなってから五年、祖父が亡くなってから二年の月日が過ぎた。

 私の春風は一向に完成せず、祖父母が残した【春一番】で今年も季節を巡らせ、さらに春が通り過ぎて夏が来た。

 私は人工精霊とオルゴールを試行錯誤しながら次々と作り上げたけれど、数が増えるばかりで春風になる気配を見せない。

 焦っていた。このまま一生春風なんて作れないのではないかと。


 その年、夏の人工精霊は強力で数が多かった。メディアの影響で人気が爆上がりして、いつもよりも多く作られ使用されたようだった。

 酷暑と呼ばれ、雨もほとんど降らず、農作物を中心に水不足が深刻な問題になる。

 自分のことで手いっぱいだった私は、ああ人工精霊も使い方ではこんなことも起こるのか、と他人事としてとらえていた。

 他人事に出来なくなったのは、親が熱中症で倒れたからだ。幸い症状は軽く、すぐ良くなったものの、とにかく水が足りないらしい。空気中には豊富にあるのに、それが水として還元されず飽和状態が続いている。どれだけ対処療法を頑張っても、このままではまた倒れてしまうのが目に見えていた。


 今まで作った人工精霊とオルゴールをかき集める。

 私に何ができるのかはわからないけれど、何かはできるはずだ。そんな気持ちがあった。何かはできるはず、少なくとも、何もしないよりは良い結果が出るはず、と。それは確信というよりも祈りに近いものがあった。

 人工精霊はいつもと変わらない。オルゴールに興味を示すものの、馴染まない。でも、今回はそれじゃ困る。

 何が足りないんだろう。私の精霊が興味を示したオルゴールの一つを手に取り、くるくるとハンドルを回してみる。ある程度回してから、手を離してそっと置く。するとハンドルが回した方向とは逆回転をはじめ、オルゴール特有の硬質でどことなく頼りなく、そのくせ優しさの滲む音がメロディを紡ぎ出す。

 人工精霊たちの数体が、ちらりとオルゴールを見た。興味を示している。

 その内の一体が回るハンドルに近づき、おもむろにへばり付いて、ハンドルと一緒にくるくると回り始めた。……うん、違う、そうじゃない。ハンドルが動きを止め、メロディが止むと人工精霊は不思議そうにオルゴールを眺めている。

 私はもう一度ハンドルを回す。

 お願いだからこの酷暑をなんとかして、空気から水分を捻り出して、雨を降らしてと、そんな願いを込めながら。

 再びハンドルが逆回転をはじめ、メロディが鳴り出す。

 人工精霊はオルゴールを見て、次に私をじっと見つめてきた。私も人工精霊を見つめ返す。心の内で、君たちにしかできないことなんだ。だから、頼んだよ、と強く念じながら。

 そいつは、こくりと頷いた。ような気がした。

 え、と思った次の瞬間に人工精霊はオルゴールに吸い込まれるようにして消えた。馴染んだのだ。

 何が起こったのか理解するのに数秒かかった。理解した瞬間、私はオルゴールを巻きなおす。そして空調の効いた部屋から急いで外へ飛び出した。

 

 外は酷い湿気と、うだるような熱気だった。まとわりつくような不快な暑さに、気持ちが悪くなる。

 私は押さえていたハンドルをさっと放した。するとそれは逆回転をはじめ、オルゴールが鳴り始める。

 湿気と熱気の酷い外気を、すぐにオルゴールの音が集め出した。硬質な音が変な風に間延びして響いたり、どことなく人の声のような感触になったりと変化しながら、上へ上へと昇っていく。昇りながらも周囲から湿気と熱気を吸収し、代わりにからりとした涼しい風を吹かせる。

 オルゴールから吹く風は次第に強まってゆき、まるで春一番のような、いやもっと力強く、根っこから攫われてしまいそうなくらいの暴風へと進化していった。近所の人たちがなんだなんだと騒ぎ始める。

 オルゴールの最後の一音が吐き出され、湿気と熱気でパンパンになった音が空へ昇りきると、黒々とした雲が生まれて雷が鳴った。

 外に様子を見に来ていた近所の人たちが悲鳴を上げ、慌てて室内に避難する。

 暴風に雨が加わり、もみくちゃにされた私も慌てて室内に逃げ込んだ。濡れネズミになった私は、しばらくの間呆然と荒れ狂う外の天気を眺めていた。




 私の手の中に納まる小さなオルゴール。本当にこれは、私の作ったもので起こった現象なのだろうか。

 少なくとも、これが【春一番】ではないことだけはわかった。

 夏の時期に起こる暴風雨。これは確か、【台風】というやつではなかったか。

 呆然とした状態から脱した私は、今度はふつふつとこみ上げてくるものに飲まれ、堪えきれずに腹を抱えて笑っていた。


 私に足りなかったものは、祈りだ。祖父母の背中を追いかけるばかりで、私自身がどんな風を生み出したいのか、その風に何を願うのか、全く考えてこなかった。そして、祖父の春風と相性のいいオルゴールに私の人工精霊が馴染まなかった理由も、これでよくわかった。祖父の言葉はただの慰めではなかったのだ。


 私は母に見つかって大目玉を食らうまで、びしょぬれ状態で春風とは似ても似つかない台風の様子を見つめながら笑い転げていた。

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