03.沈黙の塔の主

「馬鹿か!!!!!!なんてことしてんだ!!!!!」



 カストルがグラディーにそう怒鳴る。


 グラディーは急な展開に頭が追いつかなくて混乱していた。しかしカストルはそれに気づかずに、ひたすら騎士団がやらかしてしまったことに頭を抱えていた。



「いや、ラートリーの存在を伝えてなかった俺も悪いか…。最後に伝えたのはいつの騎士団団長だ?まあそんなことはどうでもいい」


「カストル様、やはりあの魔法使いは」


「うるせえさっさと行くぞ!案内しろ!」


「は、はい!!」



 カストルは椅子に掛けていたジャケットを羽織って、グラディーと共に慌てて部屋を出ていいく。カストルの見た目は連日の長時間労働によりボロボロになっていたが、そんなことは気にしていられず、ただ、自国が滅ぼされないためにはこれからどうしたらいいかだけを考えていた。



                     ----------



 バン!!!とドアが強く開かれる。音の鳴るほうへ目を向ければ、そこにはラートリーにとって馴染みの深い人物がいた。



「ラートリー!」


「あ、やっほーカストル」


「カストル様!?」



 騎士達は突然自国の神が現れたのに驚き、その神であるカストルは焦った様子で部屋に入ってきて、魔法使いの少女はまるで友達のように神の名前を呼ぶというなんともカオスな現場が誕生していた。


 カストルは部屋に入ってくるや否や、すぐにラートリーの向かいのソファーに座った。



「久しぶりだね、元気にしてた?」


「お前なぁ…、いつ目覚めたんだ?」


「今朝だよ」


「急すぎるだろうが」



 目の前で淡々と進む神と恐らく人では無い何かの会話。それは普通のことのように思えて、普通の人間にとっては恐ろしいものでしかない。


 1部の騎士はこのことについて考えるのを止めた。



「まったく…」


「急にごめんね、メブスタ?だっけかな。数百年前にはなかった街を見に行こうと思って」


「ああ、あそこか。確かに最近になって発展したんだよな」


「私が行っても大丈夫だよね?」


「お前ならどこの国でも歓迎されるだろ…」


「よかった!」



 彼らの言う最近とはどのくらいなのだろうか。その場にいる誰もが怖くて聞けなかった。


 ラートリーはよっぽどその場から離れたかったのか、それとも早くメブスタへ行きたかったのか分からないが、「それじゃあ早速行ってくるね」と言ってソファーから立ち上がりドアの前へとそそくさと移動する。



「ああ、待ってくれ」



 早く応接室から出ていこうとするラートリーをカストルが呼び止める。


 ん?と、ラートリーはドアノブにかけかけた手を止めてカストルの方に向き直る。


 するとカストルも立ち上がってラートリーの前に立つ。そして……



「この度のアルヘナの無礼、改めて謝罪する」


「え」



 なんとただの魔法使いに頭を下げたのだ。周りの騎士達はそれにどよめきつつも、自分たちも頭を下げなければと思ったのか、カストルと同じようにラートリーに頭を下げた。


これには流石にラートリーも驚くしかなかった。



「なんで謝るの」


「俺の不手際のせいでお前に面倒な思いをさせちまったからな」


「別にいいのに」


「良くないだろ、お前に国を滅ぼされたらどうする」


「君は私のことなんだと思ってるの?」



 思わず本音が出てしまいカストルはまずいと思ったが、ラートリーはあははと笑い、ただの冗談としか思っていないようで安心した。


 そして頭を上げた銀の眼を持つ彼は、次にラートリーに耳打ちをした。



「あとで俺の家に来てくれ。お前にいろいろ説明しないといけないことがあるんだ」


「わかった、私も丁度いろいろ聞きたかったしね」



 わざわざ耳打ちしたのはきっと騎士のためだろう。


 改めてラートリーはドアを開けて、「それじゃあ」と言いながら部屋を出ていった。



「はぁ〜〜〜〜」



 カストルは緊張状態でいたのか、ラートリーが部屋から出ていった瞬間にソファーへとなだれ込む。



「カストル様、あの方は…」


「あいつはお前らが言う『沈黙の塔』の主のラートリーだ。そして、俺の幼馴染のようなものでもある」



 国神のご友人。その事実だけでも騎士達は身震いするのに、そのご友人になという非礼を浴びせたのか。


 だから主君が国を滅ぼされる心配をしていたのかと納得した。



「グラディー・スクタム」


「はっ」


「あいつは存在が災害のような、地獄のような悪夢そのものだ。まあ簡単に言えば神々と同等の存在だな」


「………」


「だからといって過度に恐れる必要はない。何か困ったことがあれば頼るといい、あいつの気分次第だが力になってくれるはずだ」


「了解しました」



 はぁ……とため息をついてスクタムはソファーから立ち上がり自分の執務室がある所へと帰って行った。


 その場に居合わせた騎士によると、応接室には暫く重苦しい雰囲気が流れていて、当分誰も声を出さなかったとか。



                     ----------



「やっと解放された〜〜」



 ラートリーは背伸びをしてから騎士団の建物の前からアルヘナを眺める。


 足を急ぐ人、路上でパンを売る人、立ち止まって談笑する人、大きな広場で遊ぶ子供たちなど、様々な人がいる。


 そしてその誰もが笑っていた。ラートリーはその事実を心から嬉しく思った。



(もう、4000年前とは違うもんね)



 『200年戦争』が終結した直後は、ここアルヘナの地もただの焼け野原だった。もちろん、笑顔なんて世界のどこを探してもなかった。


 しかし今はどうだろう、国のどこを見ても笑っている人がいる。これはあの兄弟の努力の賜物だろう。



(あの頃は土地の復興のために大陸中を駆け回ってたっけ)



 かくいうラートリーも、魔法で土地を癒すために戦後は各地を巡っていた。復興と言えど流石に体力の限界もあり、少しずつしか出来なかったが。



「さてと、行きますか。メブスタに!」



 ラートリーは気を取り直して、塔が見える方向に歩き出した。


 もし仮に、この後面倒なことが起きたとしても、人々の笑顔のためならなんだって受け入れられるような気がした。

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