02.入国審査

 何故、こうなったのか。


 ラートリーは軽く絶望に似た何かを感じながら考えていた。


 アルヘナへ足を踏み入れられたのは喜ばしいが、この状況は全くもって喜ばしくない。出来ればこんな形で入国なんてしたくなかった。



(魔法で逃走するか?いや、そんなことしたら更に面倒なことになるな)



 身分証明できるものを持っていないから、ならまだわかるがまさか魔法を使っただけで怪しまれるとは思ってもいなかった。


 下に向けていた視線からチラッと横に向けてみる。予想通り住民だと思わしき人々がこちらを見てはヒソヒソと話していた。やはり逃げてしまおうか。



(ああもう!こんなときに2人がいてくれたら〜〜!!)



 この国の神である2人の兄弟をただ恨む。


 目覚めてから初めての街、青空が澄み渡り春のそよ風を感じて、騎士団に連行されながらラートリーの波乱なお出かけが幕を開けた。





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「ここで待ってろ、騎士団長を呼んでくる」


「別に逃げやしませんよ……」


「魔法は使うなよ」


「分かってます」



 2人の騎士に挟まれながら連れてこられたのは騎士団本部だった。


 様子を見るにここは、国内の治安管理や安全維持のために機能していることがわかる。


 人数はここに来てから見た人だけでもざっと40人くらい。ここにいる人以外でもまだまだ騎士が沢山いるということなのでかなり大規模だ。


 壁際に置かれている近くのベンチに腰を降ろし、書類を持つ者やら慌てて駆け出していく者やら忙しない騎士たちを眺める。


 騎士は国に忠誠を誓った者。つまり、あの兄弟が創った国は多くの人々に愛されているのだろう。



(そう考えると逆に感動してきたかも…)



 しみじみとしていると、自分についてヒソヒソと話す声がここでも聞こえてきた。



「あいつ、ガキみたいな見た目なのになんでこんな所にいるんだ?」


「なんでも無詠唱で魔法を使ったとか」


「はあ?魔法って普通は呪文詠唱が必要なんだろう?しかも魔法使いの数も今じゃ大分減ったじゃねえか」


(あーあーあー聞こえてますよー。全く、どいつもこいつも)



 いっそのこと言いつけを破って防音魔法でも使おうか、と考えていた時、その場を離れた先程の騎士がタイミングよく帰ってきた。


 その騎士の後ろには他の騎士とは違って大きなマントがなびいており、一目見てその人物こそがアルヘナの騎士団長だということがわかった。



「団長、こちらが件の魔法使いです」


「貴方が魔法使いだな。私はアルヘナ騎士団団長のグラディー・スクタムだ」



 年齢は27くらいだろうか、そのくらい若いように見えた。


 騎士団長となればなんとなく堅物で白い髪と髭が生えているお爺さんをイメージしていたのだが、グラディー・スクタムと名乗った男は礼儀正しく、美しい黒の髪に春の海を感じさせる青の眼を持っていた。アルヘナ人の特徴がつまったような青年だ。


 この若さで騎士団長ということは、実力はなかなかのものなのだろうと容易に推測できた。



「ここじゃ人が多すぎる。場所を変えよう」




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 そう言われて連れてこられたのは応接室。大きな窓からはラートリーが住んでいる塔が見える。


 そしてご丁寧に部屋には3名の騎士が待機していた。そんなに危害を加えられるのが心配なのだろうか。それとも危害を加えて欲しいのか。……いや、冗談だ。



「さて、これから貴方に幾つか質問する。ここに手を置いてくれ」



 そう言って机を挟んだ向こう側のソファーに座っているグラディーが、机の上の水晶を手で示す。


 その水晶はパッと見ただの変哲もない水晶にしか見えなくて、ラートリーは何故こんなものに手を置かないといけないのか理解できなかった。



「……これは回答者が嘘をついているかどうか判断できる物だ。嘘だと判別されたら赤く光る仕様になっている。国内の優秀な魔法使いが作ったものだから、正確性は随一だと言えるだろうな」



 つまりは嘘をついても無駄だから正直に答えろ、ということだ。


 ラートリーは最初から嘘をつくつもりなど無いので、こんなことでわざわざ魔法道具を使わなくてもいいのに、と思ったのはまた別の話だろう。



「これでいいですか?」


「ああ、それでは始める」



 その言葉を合図に室内には緊張感が漂い、空気が張り詰められたような気がしてラートリーは少し息苦しさを感じた。



「貴方の名前は?」


「ラートリーです」



 早速水晶が赤く光ったが、これは想定内だ。


 グラディーはそれを見て少し怪訝な顔をして淡々と続ける。



「それは偽名か?」


「いえ、大昔に名付けられた名前です。もう長いことその名で呼ばれていたものですから、もう自分の本当の名前を覚えていなくって」



 グラディーは水晶を見る。赤く光っていないとなると、この話は本当のことなのだろうと納得した様子だった。



「どこに住んでいるんだ?」


「ああ、それなら、あの窓の向こう側に見える塔です」


「えっ」



 グラディーの後ろに控えている騎士の1人が驚いたように声を出した。住処を聞かれたから答えただけであり、なにも特別なことを言った覚えは無い。現に水晶はなにも反応しておらず、その答えが正しいことを示してくれている。



「…水晶の結果から正しいことはわかっているし、貴方を疑っている訳では無いのだが、あの塔は『沈黙の塔』と呼ばれていて『魔女』と呼ばれる者が住んでいると言われているんだ」



 『沈黙の塔』?『魔女』?なんだその塔の主でも知らない名称は。


 ラートリーは困惑した。まさか眠っている間に、そんな変な名前をつけられているとは思ってもいなかったのだ。


 そんなラートリーの様子に彼が気づいたかどうかは分からないが、グラディーはそのまま話を続けた。



「あの塔はアルヘナの国神であられるカストル様が、調査をするなとご命令するほどだ。だからこそ貴方の話が疑わしい上に、水晶が正しいと反応しているから我々も混乱している」



 グラディーを見ると、確かにわからないと顔に書いているみたいで少しおかしかった。笑いそうになったところを我慢する。



「団長、水晶が壊れたという可能性は?」


「いや、その可能性は低い。このまま質問を続ける」



 正体不明の魔法使いの住処が分かったのだからもう解放していいのでは、と思ったがラートリーは声にしなかった。なぜなら"カストル"という名前が出てきたからだ。


 カストルはラートリーが言っていた兄弟の兄の方であり、グラディーが言っていたようにアルヘナの神でもある。


 塔とカストルの関係性が出てきたのなら、最早されるがままでも自然に解放されるのは時間の問題だろう。



「貴方がアルヘナに来た目的は?」


「塔から見た時に街が見えて、以前は無かったものですから気になって行ってみようって思ったんです」


「街というと、塔から近いのはメブスタだろうか」


「へー、あの街メブスタって言うんですね」


「貴方は以前と言っていたが、メブスタがあそこまで発展したのは100年も前だぞ」


「結構最近なんですね」



 応接室にいるラートリー以外の人物は話が全く噛み合っていないことに気づいていたが、ここまでくるとただの人間では無いことだけはわかった。



「そういえば、この国には何回か足を運んでいるようだな」


「ええ、そうです」



 ラートリーは次第に場の空気に慣れてきたのか、返事も軽いものになっていった。しかしそれは騎士たちの困惑から来ているものだと知る由もないのだ。



「それならば、貴方の身元を保証してくれるような人はいないのか?もし整合性がとれたらなら、身元の確認が取れたことにして、正式にアルヘナへ歓迎しよう」



 ここまできて、ラートリーに大チャンスが来た。正直入国は諦めていたところもあったのだか、せっかくの機会を逃す訳にはいかない。



(もしも2人に身元を保証させることができたなら、私は晴れてアルヘナを堂々と歩くことができる!)


「それで、いるのか?いないのか?」


「い、います!」


「それは一体誰なんだ」



 緑の眼はこちらをじっと見つめている。


 ラートリーはまるでこの瞬間を待ってましたと言わんばかりに、かつての友人の名を胸を張って答えた。



「カストルです!!」




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 コンコンコン、と向こう側からドアをノックする音がした。


 「入れ」と言ってある男が入室許可を出せば、まるで緊急事態だと言わんばかりの声で部屋の主の名を呼びながら、ドアをノックした人物は入ってくる。



「なんだ、グラディー」


「そ、それが……!」


「俺は見ての通り仕事が忙しい。後にしてくれ」


「本当に大変なんですって!……カストル様、最後いつ寝ましたか?」



 緊急の報告をしようと足を急かして来てみれば、アルヘナの神は特徴的な銀の目の下に隈を作って、ただひたすらに書類仕事に没頭していた。


 カストルは2週間前にも過労で倒れたばかりである。しかしその時は「俺は人間と違って丈夫だからいい」などと言って、今もこうして体に鞭を打ってまで働いているのだ。なんて良い君主なのだろうか。


 そう思う反面、しっかり体を休めてほしいのが国民の願いだった。



「そんなのどうだっていいだろう、分かったなら邪魔するな」



 どうやらカストルと呼ばれるこの男は、少し口が悪いようだが、グラディーは構わずに続ける。



「今、『沈黙の塔』から来た、ラートリーと名乗る魔法使いを騎士団本部に連行しており、その女性がカストル様が身元を保証してくれると言って……」



 ダン!!!!!!!とまるで何かに襲撃されたみたいな音がいきなり部屋中に鳴り響く。


 その音の正体は、カストルが机を思い切り叩いて立ち上がったからだった。


 グラディーは驚いてカストルを見ると、カストルがわなわなと震えているのに気づいた。



「カ、カストル様、もしも私が何か粗相を働いてしまったのなら……」


「違う!」



 カストル様は私の無礼に怒ったのではないのか?そう思って再びカストルを見ると、その顔にはもはや隈など無く、知らぬ間に青白くなっていたことに気づいた。



「お前今、ラートリーって言ったか?」


「……?は、はい。確かに言いました」


「しかも騎士団本部に連行しているだって?」


「はい、そうですが…」



 下を向いたままだった顔が上げられると、カストルは焦ったように、こう怒鳴った。



「馬鹿か!!!!!!なんてことしてんだ!!!!!」



 それはまるで、国の存亡をかけたかのような気迫だったとグラディーは後で語る。

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