アルヘナ
01.目覚め
朝の日差しがやけに眩しく感じたような気がして、ゆっくりと目を開ける。どこからか鳥のさえずりのようなものが聞こえた。
(…………?)
ぼやけた視界にはどこかの天井のようなものが映っていて、鮮明になる頃にようやくここが自分が住処にしているところだと気がついた。
(ああ、ここ、自分の部屋だ。一体何年眠っていたのやら)
そうやって気怠げに体を起こそうとすれば、後ろから何かとてつもなく重いものに引っ張られたかのように後ろに倒れ込んでしまった。
「あでっ」
ぽすん、と柔らかい音が鳴ったのはここがベッドの上だからだろうか。
結局その重いものが何年と眠り続けたせいで伸びきってしまった髪だと気づいた。有象無象に広がっていった髪は部屋の床が殆ど見えないくらいには占領しているようだった。
「また髪の毛か……、これも一体何回目なんだろう」
起きたら髪の毛が部屋を埋めつくしていたということは今回が初めてではない。
いつも数百年という単位で寝てしまうが故に放っておいたら知らない間に伸びてしまうようだった。
しかし今回は今までとは違って少しばかり毛量が多いような気がした。
「今回はどの位寝てたんだろ?確か前回は300年位だから……。まあ2度寝しちゃった自分が悪いか」
仕方ない、の一言で片付けて指をクルッと回す。瞬間、床を占領していた髪の毛はいつの間にか消えていて頭が一気に軽くなったような気がした。
やっと軽くなった頭を今度こそ持ち上げながら起きる。一人で寝るにしてはやけに大きいベッドから降りて、向かうは洗面台にある鏡だ。
鏡の中には、紺をベースに少し金が入れ混じった短髪に、星空を彷彿とさせるような瞳、そして長年の間外に出なかったせいかやけに白い肌をした顔を持つ少女が映っていた。
少女は鏡の前で顔を右に左に向けて、魔法で切った髪型を確認していた。
「毛先ははねちゃってるけどいい感じじゃない?」
少女は満足気に呟いた。
「よし、今回はやらないといけないことがいっぱいあるから、ちゃんと準備しておかないとね」
意気込んでいる割には仕事をしていない表情筋に気が付かないまま、腕を組んでこれからやるべきことについて考え始めた。
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最後に自分の部屋を見たのは数百年前かと思われるのに、埃一つ無いのは恐らくこの住処…塔を建てたときに部屋が汚くなるのは嫌だからと魔法をかけたからだろう。
その魔法がまだ衰えていないことに安心ししながら少女ことラートリーは、まずは今がどの季節なのかを判断するために窓を開けてそこから見える景色を眺めることにした。
「わぁ……!」
そこから見えた景色は青空が広がっており、自分の塔の周りにある新緑が増えつつある森だけでなく、数百年前には無かった建物までもがあった。
今の季節は春で、あれはきっと街だ。閑散としていたこの地方も、数百年経てば流石に発展するのは当たり前だろう。
ラートリーは胸を高鳴らせて、最初の目的地をあの街にすることに決めた。
そうとなれば着替えなければ。今はどんな服装が主流なのかは分からないが、魔法使いと名乗ればある程度古臭くても大丈夫だろう。
そう考えて服装は白シャツに紺の短パン、茶色のブーツに黒の長めのローブを羽織った。
そして1番大事なのはこのお守り代わりの青のピアス。これは昔からとても大切にしているものだからラートリーには欠かせないものなのだ。
次にやるのは持ち物確認。今回は街に行くだけであって、後でまたこの塔に戻ってくるつもりだ。
なので青色の刺繍が施された黒の肩掛けの鞄には、財布とノートとペンという最低限のものだけを入れた。
仮にあとで必要なものがあったとしても、魔法で取り出せばいいことだ。荷物は増やすだけ面倒である。
「よし、これで準備はいいかな」
ラートリーは窓辺に立ち、どこからか箒を取り出して跨った。高所というのもあり、風が強かったがラートリーは微塵も気にしていない。
「それじゃ、行こう」
箒に乗った魔法使いは窓辺から飛び立ち街へ向かった。
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ラートリーは空の上で街について考えていた。
「確か、この近くにある国ってアルヘナだよね。あの兄弟が治めているんだっけ……。いや、まだ神様たちが国を管理しているとは限らないか」
ラートリーが言う神様というのは、約4000年前、まだ神代と呼ばれていた時代に行われた200年戦争という天上世界に住まう者たちと地上世界に住まう者たちの間で起きた争いで人間に味方した12神のことを指す。
この12神は戦争が終わったあとにそれぞれの領土を持ち、それぞれのやり方で国を護っている。
そしてあの兄弟とは、2人で1つの国の神であり、前回訪れた時には暗中模索しながらもなんとかやっていっているようだった。
そんな2人が護っているアルヘナは海や湖といった水資源に恵まれており、丁度この季節が1番綺麗なのだ。ラートリーがお気に入りにしている国でもある。
「ん〜、あそこまで発展しているってことは、少しは神様として成長したってことなのかな?それとも、他に指導者でも見つけたかのどっちかかな……」
数百年前にあんなに頑張っていたのだから、どうせならまだ国を治めていてほしいものだ。
そうやってあれこれ考えているうちに城門らしきものが近くなってきた。門番らしき者がいるということは、入国する為にはあそこをくぐるしかない。
箒の高度を落として少し離れたところで着地する。道はレンガで舗装されており、ブーツとぶつかってコツっと音が鳴った。春らしいそよ風が通り抜いていくのを感じながら城門へ足を進めていく。
耳元では、風に揺られたピアスが音を立てていた。
「こんにちは、アルヘナへようこそ!」
騎士団だろうか。ガタイの良い男が敬礼と爽やかな笑顔でラートリーを出迎える。
「こんにちは。もしかしてアルヘナは初めてですか?」
爽やかな笑顔で出迎えた騎士の隣にいた別の騎士がラートリーに問いかける。数百年も来ていなかったら初めてでもいいかもしれないが、別に嘘をつく必要もないので正直に答えることにした。
「いいえ、この国には何度か。今日は久しぶりに来たんです」
「そうだったんですね!何か身分を証明できるものはお持ちですか?」
そこでラートリーはハッとした。
忘れていたのである、身分証の存在を。
もう4000年も生きていたらそんなものの必要性を感じなくなってしまうが、それで面倒事に巻き込まれても勘弁なのだ。
それだというのに久々の外出のせいでその存在を忘れていた。
「あ〜…えっとぉ…」
急に歯切れが悪くなるラートリーに対して、先程までの笑顔はどこへら。2人の騎士はラートリーを疑わしい者として見始める。
国を守る者として正しいのだろうが、今のラートリーにとってはとても面倒だった。
「私、魔法使いなんです」
「…本当か?」
「本当ですよ」
ほらね、と言いながら両手から光の蝶を見せてやる。すると2人の騎士は驚いたような顔をした後、何かコソコソと話し始めた。
(昼間に光の蝶を見せたから何も見えなかったのかな…)
流石に魔法のチョイスが悪すぎたか、なんて無駄な反省をしていると1人の騎士が驚くようなことを言った。
「お前、何故魔法を無詠唱で使える?」
「へ?」
「普通の魔法使いなら必ず呪文を詠唱するだろう」
何を言っているのだろう。ラートリーは心底そう思った。彼女にとって魔法というのは、指先で操作するくらいには簡単なものどころか、呼吸をするように使うものだってある。
それなのに呪文詠唱だと?こんな赤子でもできそうな魔法に何故そんな面倒なものをわざわざしないといけないのだろうか。少なくとも、3000年前までは呪文詠唱なんていう概念があったかどうかすらも怪しい。
「えっと、何を仰っているのか全然わからないのですが」
「悪いな、一旦我々についてきてもらおうか」
ラートリーはそう言われ、騎士2人に挟まれながら城門の中に足を踏み入れた。
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