青空の下

whitetulip

第1話 青空の下

 何も考えず、気ままに歩く。感覚のままに進みたい方向へ進むのは何だか不思議な感じがする。人生では誰かに期待され、評価されて、いつも目的を求められるから、自由なんてない。


 「いらっしゃいませ。お一人様でよろしいでしょうか。」

茶髪の青年が、決まった仕草で席を案内する。喫茶店の中は静まり返っていて、オレンジ色の照明がぼんやりと店内を照らしている。皆何か黙々と作業しながらコーヒーを口に運んでいる。喫茶店ではアイスラテやオレンジジュースではなく、ブラックコーヒーにした方がいいのだろうかという気がしてくる。


 店主が黙々とコーヒー豆を挽き、湯気がのぼる熱いお湯をゆっくりと注いでいく。そういえば、部長に提案した洗剤のコストカットのための提案書は、納得してもらえたんだろうか。私は洗剤の大手会社に勤めていて、経理を担当している。基本手順通りにミスなくこなしていけばいいから、淡々としていて自分にあっている仕事である。ただ、経理部の人たちは個人主義というか、あまり互いの感情には踏み込まないところがある。仕事はそれぞれの役割を十分にこなせれば問題無いと自分に言い聞かせている。


 この前、付き合っている彼氏と服を選んでいた時に、ふと「なんか自分で何でもできそうだよね」と言われた。相手は褒めているつもりなんだろうが、言われてなんだか苦しくなった。自分では別に好きでなんでもかんでも一人でやろうとしている訳ではないと思う。私だって迷うこともあるし、大変なことは手伝ってもらいたい。一人でやっているように他人から見えるのなら、一緒にやってくれたらいいのにと思う。


「ご注文のホットのコーヒーになります。」

店員は、丁寧に目の前のテーブルにソーサーを並べていく。

「こちら、季節限定のさくらクッキーの試供品になります。ご提供してよろしいでしょうか。」

さくらの葉が散らされたほんのわずかにピンク色のクッキーだ。さくらを楽しむような、もうそんな季節かと思う。

「ありがとうございます。クッキーもいただきます。」


 彼氏とは付き合ってだいたい1年半になる。告白されたのは、公園のどこまでも続くようないちょう並木を歩いている時で、青空が照らした彼の眩しい笑顔をよく覚えている。2人でドライブや旅行によく出かけるようになって、この時間がいつまでも続くように感じていた。あの時の自分が今の自分を見たら、悲しむだろうなと思う。自分を大切にするということは、過去の自分を裏切らないということなんだろうか。


 店のドアをゆっくりと開くと、ドアに付いていた金属の模様が刻まれたベルが心地よい音を立てる。

 「ありがとうございました。」

威勢のいい声が、そっと背中を押すように響く。

 働いている職場を離れて、異なる部署で違う環境に身を置いてみるのも手かもしれない。春の香りになんだか胸が躍るように感じた。暖かな日差しの中を、一歩ずつ踏み出していった。




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