第17章 狐

Sマリンで何年か働いた後、フリーダイバーとして独立した。その後とある会社から案件があった。

ギャラが、かなり良かったので引き受ける事にした。


何でも、伊豆七島のK島での仕事の依頼だった。

やはり護岸工事だか、長期の出張。しかも島なので皆続かないのだと言う。


私『稼げるやん!島でも飲み屋はあるさ』


と、軽い気持ちで引き受けた。


K島までは東京竹芝桟橋から、大型夜行船で約12時間の船旅だった。


海好きでも、大型の船には少し酔ってしまい気持ちが悪かったが初めて行く東京の島に期待感が強く我慢出来た。


早朝5時島に到着。お迎えは民宿のおばちゃんだった。


おばちゃん『疲れたでしょう。朝ごはん準備してるから、さ、さ、車にのって』


とても気さくで優しいおばちゃんだった。

ほっと一安心し、


私『朝早くからお迎えありがとうございます!宜しくお願いします!』


と挨拶した。


民宿で朝飯を食べている時、雇われた会社のダイバーEさんが迎えにた。


E『はずめましてー、わたすがEと申しますぅー。食事が済んだらぁ早速仕事場にいぐましょぅ』


私『は、はい、宜しくお願いします』


かなり訛っていたが、訛りのせいか優しそうだと感じた。が、


私『な、何も食事中にこなくても…』


と思ったが、郷にいれば郷に従えと言う事で何も思わない事にした。


時刻は7時を回った頃だった。


E『そろそろいぐましょ』


口調とは裏腹に、早々に迎えにきた。

島なので現場事務所まで5分もかからない距離だった。

事務所に着くと他のダイバー、手元の人、船を操船する人と総勢8名の方々が迎え入れてくれた。

皆東北地方の出身者で地元の仲間や、親戚と固まっていた。


私『今日からお世話になります。宜しくお願いします。』


皆んなは優しく迎え入れてくれた。


E『肩肘張らず、頑張りましょう』


皆凄く真面目だった。と言うか、休憩も取らず働いていた。

勿論、私だけ休むわけにいかず休憩無しで働いた。


夕方、仕事が終わり民宿まで送ってもらった。


私『お疲れ様でした。ありがとうございました。』


E『なーに言ってんだ?皆んなここに泊まっ  たんだぁ。わは、は、はー』


と、馬鹿にしたような笑いが響き渡った。

最悪だ。疲れた身体にさらに気を遣わなければいけない。

そしてEさんは言った。


E『わたすは、これから明日たのうじあわせがあっから、先に夕飯食べて下さいね』


私『は、はい。お疲れ様でした。』


少しホッとしてお風呂に行って部屋でくつろいでいると部屋をノックされた。

やってきたのは手元のFだった。1番の若手で20歳そこそこの若者である。


F『ご飯、行きましょう』


正直、ほっといて欲しかった。仕事が終わってもリラックス出来ない。

が、優しさで言ってくれていると思い我慢した。


私『ありがとう。行きましょう』


食堂に行くとすでに全員集まっていて雑談をしていた。


私『どうも。お疲れ様です。』


全員俺をジロジロと見ながらお疲れ様でしたと言った。

そこで違和感を感じた。

皆、ご飯に箸をつけていないのだ。一体…

よく見るとEさんがいない。まだ打ち合わせから戻って無いようだ。

ボスの帰りを待っているようだった。


私『あ、あのー。ご飯食べないんですか?』


F『ボスが帰って来ないのに食べるわけにはいかないでしょ?』


食堂に来て既に20分はたっている。出されたオカズ、味噌汁はすっかり冷めていた。

さ、最悪だ。

それから15分後Eさんが帰ってきた。


E『待ってたの?食べてたらよがったのに』


そう言うEさんの顔は赤ら顔で、少し酔っている様だ。

恐らく、打ち合わせ後に飲んだのだろう。


私は思った。この現場は無理かも知れないと…


相変わらず休憩無しの仕事が続いた。やっと週末になり、ストレスの溜まった私は1人飲みに行く事にした。


島のメインストリートは約150メートル程しかない。

小さな商店、床屋さん、喫茶店、フィリピンスナック、居酒屋とそれぞれ一軒ずつ離れて点在していた。

選択肢は余りない。が、フィリピンスナックはそこそこ大きく島の人も利用する憩いの場と言う感じだった。仕事関係の人達と鉢合わせしたく無かったので小さな店を探す事にした。


メインストリートから少し離れた所に小さな看板を見つけた。

5人も入れば満員になる様な小さなお店だった。


私『ここに決めよう!多分、夏場だけやっている観光客相手の店だろうな。』


そう思い、ドアを開いた。

『カランコロンカラン♪』

昭和の喫茶店の音がなった。


『いらっしゃいまっせー!』


と元気の良い声が響いた。この店のママさんとアルバイトのSさんだった。

店内にお客さんは誰もいなかった。


私『1人ですけど…大丈夫ですか?』

ママ『もちろんです。さ、ささこちらへどうぞ』

と席へ案内してくれた。


ママ『東京から観光ですか?』


私『い、いえ。仕事で来ました。』


ママ『護岸工事の方ですか。じゃ、長期ですね!良かったら、ご贔屓にして下さいねー』


と言った。ママさんは普通よりは綺麗な人だったが、目と鼻は整形の様な印象を受けた。

何故なら、完璧な左右対象だったからである。

それよりも、直感的に何か嫌な物を感じていたが、気のせいと心に言い聞かせ飲む事にした。


アルバイトのSさんは20代後半で夏場だけのリゾートバイトで来ているとのこと。


伊豆七島は、夏場になるとサーフィンをやる若者が多くやってくる。

このK島はサーファーもいるが、どちらかと言うと釣り人の多いイメージだ。


シーズンの始まったばかりの島はでは、お客さんはこれからと言う感じであった。


軽く世間話をした後、歌が大好きな私はカラオケを歌いまくった。勿論、それが一番の目的だ。

大声を出すとストレス発散になる。


ママがトイレで席を外すと、Sさんは訴えかけるような眼差しで私を見てくる。

私はどうしたんだろうと思ったが、ママに聞かれるとまずい事何だろうと雰囲気でわかった。

Sさんは紙に急いで何かを書き私のポケットに突っ込んだ。


S『後で…よ、読んで…』


ママ『あら!なーに2人でイチャイチャしてるの? ダメよ!そう言う店じゃあないのよ。』


と言い、少し不機嫌になった。


私『イチャイチャなんかしてませんよ。』


と言ったがこのママさん、かなり感が鋭いようであった。

少し怖くなりお会計をして店を後にした。


帰り道、ポケットに入っているメモを見る事にした。 


S『監視されている。店の隣りの家、一階の窓後で軽く叩いて、私の部屋』


と書いてあった。


携帯電話が普及し初めでまだ誰も持っていない時代である。


ゴタゴタに巻き込まれるのは嫌だなぁと思ったが、妙にあのママさんとSさんの関係が気になり宿に戻らず港で缶コーヒー片手にタバコを吸って海を眺めていた。


都会から離れると明かりが少ないせいか満点の星空が美しく輝いて見えた。


その日は民宿に戻って寝る事にした。


日曜日は宿周辺を散策したりして過ごしたが、娯楽が何もなく暇で仕方がなかった。

そして、明日からまた休憩無しの仕事が待っていると考えると憂鬱で仕方がなかった。

そんな時、あのお店のママさんとSさんの事を考えていた。

これといって娯楽もない島。暇で考え事をするせいだと思う。ただ単に興味本意だった。


私『そうだ来週末もあの店に行ってみよう。』


人は楽しみがあると頑張れるものである。

何だかんだ辛い仕事をこなし、やっと待ちに待った週末がやって来た。


私『今度こそSさんに話しを聞いてみよう』


再びおのお店に行く。ドアを開ける。


『カランコロンカラン♪』


ママ『いらっしゃーい!やったー!またきてくれた!嬉しい』


と歓迎されたが、先週とは違いかなりテンションが高かった。

そして私に抱きついてきた。


さ、さ、此処に座ってと案内された。

相変わらず客は私1人だった。


ママさんのテンションとは逆にSさんは笑顔ではあったが暗い印象だった。

話もそこそこにまたもやカラオケを歌いまくる私。

終始ベタベタと私に近寄るママさん。

胸を押し付けたりして来た。

何となく手で払いながらも歌った。


ママ『歌上手いねー!惚れちゃうわー』


私『またまたぁ〜褒め上手ですね!』


ママ『ほんとよ〜❤️』


まるでSさんと会話させないようにも見えた。 Sさんを見るとニコニコと笑顔ではあったが、何か言いたげだった。


それなりに歌とお酒を楽しんだ私は帰る事にした。本来の目的を果たせずに…


帰り際またもやママさんが私に抱きついてきて耳元で囁いた。


ママ『後で私の車でドライブ行かない?』


その後ろでSさんは右手でノックするジェスチャーをした。


私『明日は朝早くから用事があるのでドライブはまたにしましょう』


と断った。するとママさんは豹変した。


ママ『誘いを断るなんてアンタ、最低ね!』


私は怖くなり、すみませんと謝罪し、店を後にした。


私『あのママさんは、普通ではないな。もしかしたら…』


実は、叔母の影響なのか私にも少しではあるが、霊感がある。

普段は何も感じないが、自分の身の危険や、悪影響がある時に発動する感じだ。

今回あのママさんに感じたのは、動物の霊だった。

そして、Sさんも何かしらの影響を受けているに違いないと感じた。


自販機でコーヒーを買う。

そして、タバコを吸いながら港に向かった。その日は満月で月明かりがかなり明るく辺りを照らしている。

港に着くと海の見える所で腰を下ろした。


私『よし、後であの子の部屋の窓を叩いてみよう。』


心地よいよい波の音。そして少し遠くから聞こえるムシの声がとても心地良かった。


時刻は23時を回っていた…


私『店は閉まった頃だし、そろそろ行ってみるか…』


少し躊躇している自分がいる。

何故なら、Sさんにも妙な感じを受けたからである。

が、興味の方が優っていた。


Sさんの部屋前に向かう途中、全ての店が閉まっている事に気がついた。

月明かりに照らされたメインストリートは人1人おらず世の中に私しかいないと思うほどシーンと静まり返っていた…

それはまるで異次元に迷い込んだような錯覚をするほどだった。


店は閉まっている。隣の家の窓。明かりは消えていて部屋は真っ暗だった。

寝てるなら悪いと思い、そーっと優しくノックを2回してみた。

反応がない。少し緊張する。


私『こんなとこ誰かに見られたら完全に不審者やな…』


この場から早く立ち去りたかった私は1分だけ我慢して戻る事に…


すると、窓が音も立てずにスーッと20センチほど空いた。

ビクッとした。部屋の中は相変わらず真っ暗で中が見えない。すると、か細い小さな声で


『港で待ってて』


と聞こえた。Sさんの声だった。


港で少し待っているとSさんが缶ビール2本持ってやって来た。


S『お疲れ様!来てくれてありがとう!乾杯しよ!』


私達は缶ビールで乾杯した。


私は唐突に質問した。


私『あのママさんの事だけど…少し変  だよね? ママさんに何か嫌な事とか  されているの?』


それを聞いたSさんはケタケタと笑った。

笑い方が少し不気味だ。


S『あの人ね、やきもち焼きなのよ。

  自分がチヤホヤされないと機嫌が  悪くなるみたい。それから…』


と少し口ごもったが間を置いて話し始めた。何でも気に入ったお客さんが来るとドライブに誘い人気のいない場所でカーセックスを楽しむんだとか…

その後、連絡先を交換し相手が島から出た後、[妊娠した]と嘘をつき金を騙し取るんだとか…


S『あなたは運が良かったわね。ほとんどの人は酔った勢いで誘いにのるのよ。断った人初めてみたわ』


とSさんは言った。やはり私の直感は当たっていた!危ないところだった。


S『もしかして、私を抱きたかったの?ケタケタケタ』


と、また不気味な笑い方をした。

その瞬間、獣臭が鼻をついた。脳裏に狐が浮かぶ。

あのママも、Sさんも恐らく狐に取り憑かれているに違いない。


少し焦った。が、怖がっていることを悟られるとこっちに憑いてしまうので必死に冷静を装おった。


私『今日はもう遅いから帰ろう』


S『そうね。また今度誘ってね』


そのままSさんと別れ宿に帰った。

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