第11章 ダイバー

沖縄に戻った俺はダイビングショップで働く事にした。 元々海は大好きだったし、マリンスポーツをしたかったがなんせビンボーなので、ならばマリンスポーツの会社で働けばいいと安易な考えだった。


最初入った会社は、かなり大きくガソリンスタンドや、飲食店、観光事業など色んな事業を手がけている会社だった。


そこのマリン事業部にはいり、ダイビングインストラクターをやる事になった。


勿論すぐにインストラクターが出来る訳などなく、それなりのトレーニングや、資格など取ることとなった。


会社はカタマランクルーザー(二つの船を一つにした様な。知りたい人はググって欲しい)を所有しており、ディナークルーズや、沖合のダイビングにも使用していた。


ある日会社から辞令がきた。一時的ではあるがガソリンスタンドに応援に行って欲しいと…


が、その時私は海の魅力にドップリハマっておりそれ以外の仕事をする気が無かった。


何も考えず辞表を出していた。


私『大きな会社はダメだ。小さなダイビングショップで働こう!』


と言う事でGダイバーで働きはじめた。


Gダイバーは、基本給料が月8万しかなかった。勿論、保険とか一切なく生活は苦しかったが自由に海に潜れたし、潜って魚や貝、エビやイカなどを取り(スキューバで魚介類の捕獲は密猟となるが、当時は営利目的では無い限り許されていた)シーフどを楽しめた。


でも、生活は苦しく姉に甘えて生活費はほとんどいれていなかった。


姉には本当に迷惑をかけてしまった。


そこで漁師のバイトをする事にした。


漁師と言っても色んな種類があり、延縄漁や、釣竿での漁、スキューバ潜水で水中銃を使用しての漁などがあったが勿論私は潜水での漁を選んだ。


バイトと言っても、船の経費は払わなければいけなかった。燃料代、氷代、その他もろもろを乗組員全員でわる。平均五人くらいで漁にでて約8000円を経費として払わなければいけなかった。


つまり、魚を取らなければ赤字である。


取ったら取った分、自分の儲けになるし、

一晩で50〜60万稼ぐ人もいると言う。


私の乗った船は総額2000万以上の立派な船でシャワー室やキッチンもあった。 

その船の船長は一日約10万くらいは稼ぐかなりの腕前の人だった。


船長は通称ヒロさん。

ヒロさんは、とても優しくいろんな事を教えてくれた。魚のいそうな場所や、魚の取り方、金になる魚の種類などなど…


ヒロ『最初から稼げる訳ないから、今回の経費は俺の奢りだ』


私『えっ、い、良いんですか?』


ヒロ『気にすんなって。それから、暫くは俺の後に着いて漁をしろ。いいな。』


潜水漁の場合、魚の取り合いになるのと、水中銃を使用するので事故防止のためにもそれぞれかなり離れた場所で漁をする。


沖合の漁場に着くとダイバーは船縁に座りスタンバイする。

合図があると、1人潜る。そして少ししか船を走らせて、1人、1人と離れて潜水していく。


船の操作は交代で行う。(舟持ちと言う)


言い忘れたが、潜水漁は夜日没から明け方まで行う。水中銃で取るので魚が寝ている時に行うのである。


沖縄は透明度が良いので、ダイバーのライトの灯が船の上から確認できる。

空気ボンベがなくなったら水面に浮上して船にライト🔦をチラつかせ合図を送ると船がちかくまで来てくれる。


それを朝まで交代でやるのだ。


そんな漁にヒロさんは一緒に潜って教えると言う。何て良い人なんだ。

つまりは、ただで稼ぎ方を教えてくれるようなものだ。



ヒロさんと一緒に潜った。初めのうちは、水中でも色々教えてくれたが、スイッチが入ったのか、私がついていけないスピードで漁をしていた。


ヒロさんを見失った私は1人で漁をする事に…

一日目の上がりは1000円にもみたなかったが、ヒロさんは初めて稼いだ金だからと私にくれた。


次の日も、その次の日もヒロさんに着いていく事が出来なかったが少しずつ売り上げが伸びて行った。


漁場は毎日違う場所だった。場所と言っても私にはさっぱりわからない。

なぜなら暗闇だし、レーダーと自動運転で船が進んでいくからだ。


ヒロ『今日は伊江島の近くの漁場に行くぞ!』


と言った。元々レジャーダイバーの私は伊江島の海域の事は知っていた。


伊江島周辺の海は米軍の演習海域で昼間は民間人は近寄れない。

この海域では魚が豊富におり、つまりはデカい魚もいる訳で…


ホオジロザメと聞いて皆さんは何を思い浮かべるだろうか?

1975年に公開されたスティーブン スピルバーグ監督の映画JAWSのモデルになったサメである。


大きさは3メートルから最大5.8メートルあり、オーストラリア🇦🇺では7メートルのホオジロサメが確認されている。


そのホオジロサメの生息する伊江島海域で漁をすることになった。


今回から1人で潜る事になった。


船縁からバックロールエントリーで海に入り、すぐさま水中ライトをON!

水面から海底に照らすと水深は約20メートルほどある。

海底は真っ白な砂が砂漠の風紋の様に幅の狭い波形になっている。BCのエアーを少しずつ抜いていくと身体が水中にゆっくりと沈んで行く。


※BCとはBuoyancy Compensatorの略で

 浮力をコントロールする装置である。


浮力を調整しながゆっくりゆっくりと深度を下げる。

私の大好きな感覚である。

例えるなら無重力のような感覚だと思う。


勿論、無重力を体験したわけでは無いが

浮きも沈みもしない中性浮力もコントロール出来るのだ。


やがて海底まで約5メートル付近に近ずいた時、こんもりと砂が盛り上がりている所を確認出来た。


私『この上に着底しよう!』


勿論、普通はこの時点で泳ぎ出すのだが私はこの感覚が好きなので立ったまま着底すると決めていた。


私『あの盛り上がったとこに降りてみよう』


少しずつ小さな丘に近づいて行く。2メートル、1メートル、50センチ…


着底………⁉️


足の感触がなにやらとても柔らかい……


私『ん⁉️な、何?何か変…』


と思った瞬間だった。小高い丘の周りがヒラヒラと風でカーテンが揺れるように動いた!

私は、な、何と、巨大なエイの上に降り立っていたのだった。

大きさは畳約3〜4畳くらいのマダラエイだった。

マダラエイは尾っぽに毒針を持っており刺されたことによる死亡例もある。

攻撃的では無いが、刺激されると短い尾っぽで襲ってくることがある。


幸いマダラエイが興奮した様子はないが、やはり人間よりデカイ生物は怖い…


慌てて私は泳ぎ出した…が、その活発な捕食者は私の上に覆い被さろうと近づいてくる。慌てた私は岩場を目指し全速力で泳いだ。

真上には巨大なエイが迫っていた。


ようやくサンゴとサンゴの細い切れ目を見つけ、そこに身を潜めた。


そのサンゴの上に覆い被さる巨大なエイ…


水深計を見ると35メートルの深みにいる事に気がついた。


私『や、やばい。早く浅させに戻らないと空気の残量がもたない!』


そこである事を思い出す。海蛇は温度に反応して近寄ってくる。

たしか、エイは光に反応して近寄ってきたはず。

そしてライトを消してみた。

少ししてその活発な捕食者は何処かに行ってしまった。


私『助かった。』


恐怖から逃れた私はこのまま船に戻りたかったが、漁は始まったばかり。

気を取り直して魚を探し始めた。


これ以上の恐怖が待ち受けているとも知らずに……


なかなか大物を見つけられない私は、グルクンばかり取っていた。

数で勝負である。


※グルクンとは、沖縄の県魚で和名タカサゴと言い、スズキ目タカサゴ科に属する魚沖縄では唐揚げで食べるのがメジャーで骨も上げてくれるお店もあり、パリパリとして香ばしい。レモンを絞って食べるとかなり美味い!

刺身もいけるが、刺身は取りたてが美味しいので漁港付近では食べられるとこも。

味は、鯵に近いと思う。ダジャレでは無い

沖縄の居酒屋に行けば必ず食べられる!


魚の急所は眉間よりやや上側にある。が、小さい魚はそんなとこ銃では狙えないのでエラ側を狙う。

魚も寝ているとはいえ泳いでいるのでなかなか狙うのは難しい。

胴体に当たったり、腹に当たったり…


取った獲物は通称しーぶと言われる網に入れ、次の獲物を狙う。


暫く小魚や、エビなどをとっていたが、何と言うか様子がおかしい…


気がつくと魚が全くいなくなっていた。

それどころか、海の中がシーンと静まりかえったような異様な空気を第六感で感じ取っていた。


それは突如として現れた。

私の照らすライトの外側薄明かりの部分で金色に光る何かが動いた。


私『な、何?』


私は思わず金色に光った方にライトを向けた。

すると、ライトの範囲内に収まりきれないほどの何かの胴体らしき物が照らし出された。

慌てた私は思わずライトを下に向けた。

心拍数は一気に上昇し、呼吸が早くなる。


私『いったい、あれは、な、何?』


今度は真反対にライトを向ける。すると、ライトに照らし出された物は巨大な尾びれだった。


私『ま、まさか!』


意を決して360°周りながらライトを照らした。何と、体長4〜5メートルはあろうと思われるホオジロザメだったのだ!

しかも、この一匹意外に2〜3メートルくらいのサメが2匹いた。


サメは興味のある物に対して半径2メートルの距離を保ってグルグルと回りながらついてくる習性がある。

通常、小型のサメに囲まれても脅かせば犬のようににげるのだが、この大型なサメには通用しないだろう。


生まれて初めて見る巨大なサメに恐怖を感じずにはいられなかった。

とりわけ一番デカいサメには、小判鮫が3匹ほど付いており、顔の周りには、はたんぽと言う小魚が群れていてライトに反射してキラキラと金色に輝き✨異様な雰囲気を漂わせている。


大きな魚には小魚が群れているのは知っていたが、間近で見ると物凄い迫力に只々圧倒させられた。


この大型のサメは堂々としていて落ち着き払ったような眼差しで私を見ていた。


水深計を見ると水深40メートル近くまであった。


私『や、ヤバい』


残圧計を確認する。残り50気圧……


通常50気圧は、レッドゾーンで早めに浮上しなければ空気がなくなるレベルである。



※ここで少し、圧力について話して行く。

通常陸上は1気圧である。

1立方センチメートルに1キログラムの重さがかかっている。

水深10メートルに潜るとする。水圧1気圧かかることになり、陸上の1気圧をプラスして絶対圧は2気圧となる。


一方、気体は圧力をかけると体積は小さくなる。

例えば、陸上で1回呼吸すると約500mlつまり、4秒に一回ペットボトル1本分の空気を消費している事になる。


これに10メートルの圧力を加えると、体積は二分の一になる。

250mlになる訳だか、空気自体の成分は変化しない。

人間の呼吸量は変わらないので陸上と同じ500mlを吸う事になる。


つまり2倍の濃度の空気を吸う事になる。


空気の80%は窒素であるが、窒素ガスは血液に溶け込みやすくこれが悪影響を及ぼす事になる。


大量に血液に溶け込んだ窒素を、一気に1気圧に戻戻すと泡になる。


わかりやすく言うと、炭酸ガスを溶け込ませたサイダーや、ビールを開けるとシュワシュワと泡が発生する。


これと全く同じ事が身体の中で起こるのだ。つまり、潜水病である。


潜水病を防ぐにはダイブテーブルで安全な深度、時間を計画しなければならない。


浮上速度も重要である。


何故サメが私の周りにいるのか?その理由がわかった。

私の持っているしーぶ(魚を入れる網)だった。

私の取った魚達が血を流しながら網の中でバタついていたのである。

そう、血の匂いに誘われて現れたのである。

目の前に美味そうな獲物があるが、何やら泡を出し泳いでいる奇妙な物がいるとサメは思ったに違いない。

それで警戒しながら付いてきたのだ。


いつ襲われてもおかしく無い状況に身震いした。

あんなにデカいやつに襲われたら一瞬で終わりである。

そうこうしているうちに残圧40になっていた。


私『一刻も早く浮上しなければ…』


焦った私は浮上開始した。泡よりも早く…


※浮上速度は毎分18メートルと決まっている。速度が早いと血液のなかで窒素が泡になる


私は途中我に返った。10メートル浮上した後止まった。


私『落ち着いて浮上しなければ…』


そして下にライト向けサメを確認した。ゆっくりではあるが、サメも浮上してくる。


やばい状況である。そして気がつく。


私『取った魚を捨てなきゃ…』


右手に握り締めていたしーぶを手放すとゆっくりと沈んでいく。

その途端サメが盾に、横に、不規則に泳ぎ始める。


つまり、興奮した状態である。


私の取った魚なんて彼らにとってはポテチ2〜3枚口に入れるようなものだ。


一瞬でわたしの魚達は食べられた。


その様子にまたもや私はパニックになり急速度で浮上を開始した。


水深約20メートル付近で速度を落とした。

20メートルから、気圧が急激に下がると、潜水病のリスクが大きくなる。


私『毎分18や。落ち着け、ゆっくり、ゆっくり…』


※因みに毎分18メートルは吐いた泡🫧の米粒大の大きさが訳毎分18メートルの速度で浮上して行く。

あくまでも目安だが。


減圧する為、18メートル付近で停止した。

下をライトで確認する。

やはり、サメも少しずつ浮上してきている…


その後も、10メートル、6メートルと減圧停止したが、もはや怖くて下を確認することが出来なかった。

そして水面に出た!


私は船を探した。月明かりとても美しく綺麗に水面と船を映し出していた。

が、しかし、船の位置は私から40〜50メートルも離れていた。

私は必死で自分のライトで合図を送った。


私『早く、早く』


焦っていた。 やがて、私に気がついた船はエンジンを唸らせ私に近づいてくる。


私『早く、早く〜』


足元がとても怖かった。

やがて私の元に船は止まった。


舟持ちはヒロさんだった。


私『ヒ、ヒロさん早く、早く、タラップ、タラップを…』

ヒロ『どうしたんだ?慌てて』

私『と、とにかく急いで〜』


何とか船に乗り込むと、早口で事情を説明した。

すぐさま船のサーチライトを海面に向けたヒロさん。


水面を見るとスーッとデカい背びれが横切った。


ヒロ『これはまずいな…』


残り3人のダイバーが潜っている。

早く浮上させなければと、半分海水に浸かっているタラップを金属の棒で叩き始めた。

緊急の合図である。空気のない水中では金属音がかなり響く。

音の伝わり方が陸上とは違って360°サラウンド状態で響き渡る!


3人がそれぞれ浮上してくる。

暗い水面が彼らのライト🔦で、丸く明るくなった。


ヒロ『違う海域に変更するぞ!』


私は心の中で思っていた。も、もう嫌だ。

潜りたく無いと…

が、みんな生活がかかっているし私もサメのせいで売り上げ0円…と言うか、経費でマイナスである。


もう一度潜る決心をせざるを得なかった。


伊江島から数十キロ離れた漁場につく。それぞれ潜り始めた。最後に潜るのは私だった。船待ちはヒロさん。

私に声をかけた。


『大丈夫だよ、ただ異変を感じたらすぐに上がっておいで』


と言った。ヒロさんの言葉に勇気をもらい再び海中に身を沈めて行った…

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