第29話 男色のもつれで討たれてしまう

 1561年、陸奥国で二階堂盛義にかいどうもりよしの子として蘆名盛隆あしなもりたかは生まれたそうな。


 盛隆は二階堂盛義の子として生まれたが蘆名盛高の玄孫に当たる。


 父・盛義が蘆名盛氏あしなもりうじに敗れて降伏した際、人質として会津の盛氏の許に送られたが、蘆名氏17代当主・蘆名盛興あしなもりおきが継嗣を残さずに早世すると、盛氏の養子となって18代当主となる。


 盛隆と叔父・伊達輝宗だててるむねは、越後国の新発田重家しばたしげいえが後継者争いの後に新たに越後国主となった上杉景勝に対して不満を募らせている状況を見て、上杉に対して反乱を起こさせるべく様々な工作を行ったという。


 上杉氏との対立によって調略された家臣たちと戦い、敵を打ち倒しているなど、活躍をあげている。



 活躍をあげていた盛隆は美少年としても知られていて、佐竹義重との戦中に義重が盛隆に一目惚れをしていまい、双方思いをつづった恋文を続けた結果、和睦したという。



  そんな盛隆も一目惚れをしやすいたちであり、ある時、蘆名四天王の松本氏輔まつもとうじすけの子である松本行輔まつもとこうすけが初陣に出るための許可を貰いに来た際に一目惚れしてしまう。


 初陣で討ち死にしてしまっては惜しいと感じた盛隆は行輔を戦には出さず、留守を命じたという。


 そして、戦が終わると夜な夜な行輔と交わり、一夜を共にしたそうな。


 そんな行輔は戦に出られないため、日に日に不満を抱くようになった。


 そして行輔はこの不満を解消するためにあろうことか栗村盛胤くりむらもりたねと関係を持ってしまう。


 当然、このことを聞いた盛隆は大激怒して、所領の取り上げと家督相続の中止を行輔に処したという。



 これには行輔もさすがに怒り心頭で、盛隆が留守中に謀反を起こし、盛胤と蘆名氏の居城である黒川城を占拠してしまう。


 しかし、盛隆はすぐさま黒川城に出陣すると城を落として、行輔らを討ったそうな。



 先の一件から盛隆は男色を控えるかと思いきや、懲りずに美少年たちにちょっかいを出し、それに嫉妬する人物まで現れてしまう。


 その人物は大庭三左衛門おおばさんざえもんである。


 三左衛門は当初、盛隆から寵愛されていたが、時が経つにつれ疎まれていき、盛隆は三左衛門のことを「冷めては食えぬ」の意味を込めて「鴨汁」と裏で呼んでいた。


 巡り巡ってこのことを知った三左衛門はひどく落ち込み、盛隆を恨ましく思い始める。


 「なぜこれほど盛隆様を愛しているのに私を遠ざけるのか‥‥‥盛隆様と愛し合える人物は私しかいないのだ。それなのに盛隆様は次次と愛人を‥‥‥許せぬ‥‥‥」



 さらに盛隆はそんな三左衛門を面白がりこんな内容を小姓に伝言させる悪質な嫌がらせをとる。


 「御前に出る朝ご飯は鴨汁なので、よかったら食べていくか?」


 この出来事を境に三左衛門は今まで我慢していたものが爆発して、1584年伝言の誘いに乗じて、盛隆と面会する。


 三左衛門と面会した盛隆は二人きりになるが、その場で三左衛門に暗殺されてしまったそうな。


 

 その後の蘆名氏は盛隆の死によって衰退していき、摺上原すりあげはらの戦いで伊達政宗に敗北したことがきっかけで滅亡を迎えてしまう。

 


 

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