プールの譚

第2話

「秀ちゃん、夏休みって始まる前が一番楽しいと思わん?」


こんなことをハイテンションで話す人が、主席合格、定期テスト満点、県内模試十位、水泳大会全国出場、テニス大会県内一位、陸上県大会新記録、ピアノコンクール市内一位、県内ヴァイオリンコンテスト金賞、市の写生大会大賞、市の水彩画コンクール大賞…。


きっと神様のお遊びなんだろう。


「そうだね。でも私は夏は暑くて嫌いだよ」

「じゃプール行こ」


クーラーが意味をなさない教室で、左隣の才乃が目をつむりたくなるほど輝いていた。窓側の一番後ろという主人公席がこれ以上似合う人間がいるだろうか。


「プールいいな」


右隣の良太りょうたが会話に入ってきた。


「良太も行く?」

「いいん?」

「いいよー、秀ちゃんもいいよね?」


私は頷いた。


「よっしゃ泳ぎたかったんだよね。なんかうちプールあるくせにプールの授業ないしさ。

…あともしよかったらなんだけど、愛菜まなちゃんも誘えないかな」


クラスメイトの愛菜にちらちらと視線を送りながらこちらに手を合わせてきた。


「いいよー」

「よっしゃー!!!!」


なんだそういうことかと思う私の隣で、才乃は何も分からない時の笑顔を見せていた。昔から人の感情にはことごとく鈍感なのだ。


「なんだお前らプールに行くのか?」


担任の北井きたいまで会話に入ってきた。才乃はどれだけ人を惹きつければ気が済むのか。


「そっす!!」


あからさまにニコニコした良太が食い気味で返事した。


「いつ行くんだ?」

「まだ決まってないっすね。だよな?」

「そだね。来週とかにする?」


私も一応頷いた。


「そうか」


北井はそれだけ言うと教壇に戻り、帰りのホームルームを始めた。マジで才乃と喋りたかっただけ?

愛菜ちゃんを誘ったり、水着の話をしているちに、ホームルームは終わった。


「あれ、スパイクがない」


良太がいつものようにロッカーからスパイクの入った袋を取り出して言った。


「大丈夫?」


才乃と私は良太と一緒になって教室中を探したが見つからなかった。良太は陸上部の有力選手で、この前の県大会でも女子は才乃、男子は良太が注目されていた。そして期待通りの成績を残した二人は全国大会が今週に控えている。


「まぁでもあるあるじゃない?私もこないだの大会の前スパイクなくしたんだよね」


来週愛菜の水着が見れることなんてすっかり忘れたみたいに、落ちこんでしまった良太に才乃はよく分からない励まし方をした。


「見つかったのか?」

「いや見つかんなくて普通のスニーカーで走った」

「それで県大会新記録は化け物すぎるだろ…」


良太は笑った。それを見て才乃も満足と言わんばかりに口角を上げた。


「マジで俺男でよかったわ。だって女子だったらこいつと戦わなきゃいけないんだろ。クソゲーすぎるわ」

「えーそうかな」


才乃は褒められたと純粋に照れていた。


「俺は人間だからな。家と部室探してなかったら新しいの買うわ」


スパイクの値段は馬鹿にならない。


「見つかるといいね」


私は見つからない予感を胸にしまって、声をかけた。

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