#33,5.一人の海乙女はヨルに舞う feat.小夜

遠い遠い、昔の話。かつて人魚は、特別な存在と言われていた。

美しく、綺麗な見た目から、人々は羨望し、うちらを崇める。

一部の人魚が、職業を与える神官的なこともしていたこともあってか、大体の民族から一目置かれていた。


「しってかぁ? 人魚様の尾鰭って、高値で売れるんだぜ?」


神聖な存在だからこそ、狙われる。

かつて自分達がしてもらった、恩恵などつゆしらず。

存在自体が希少価値としていわれていた人魚族は、大半の人間に殺された。

尾鰭、鱗、涙……ありとあらゆる富や財宝を手にしようと、利用するためだけに。


あの日……一人生き残ってしまったあの時から、うちの時間は止まった。

いつ死んでも構わないとばかりにろくに食事も取らなくなったし、生きてる心地すら見いだせなかった。

少なくとも、彼女が現れるまでは。


「人魚の娘とは珍しいのう。こんな夜更けに体を晒していてら、喰われてしまうぞ? わしのような、いい女に」


その人は、突如現れた。

銀髪で長いマントを羽織っているかと思えば、変わった喋り方をする。

初対面だと言うのに馴れ馴れしく話しかけてきた彼女へ抱いた感情は、怪しい他なかった。


「随分風変わりな服装ね。人間の間では、それが流行ってるの?」


口下手故の憎まれ口、選ぶことしすらない本音を面食らって浴びせる。

正直なところ、物心つく頃から一人になってしまったうちは、人とうまく話す方法なんて知らない。

けれどそんなうちに、彼女は驚くこともなく、なぜか面白いとばかりに笑ってみせた。


「カッカッカッ! わしを人間とは、面白い奴じゃのう。残念ながら、わしは人間ではない。吸血鬼、それがわしの正体じゃ」


マントを翻したその瞬間、大きな羽がばさりと広がってゆく。

にやりと笑った口には、大層立派な牙が生えていてー


「わしはソルー・ルシェ。四天王の一人じゃ。よかったら、わしと共にこないか?」


彼女は当時魔王に支えていた、四天王の一人だった。

諜報員として、人魚が住む海だけではなく、ありとあらゆる一族の村や集落を見て、異変がないかを確認していたらしい。

海の世界で一人取り残されたうちにとって、彼女の言葉は救いのようにも聞こえた。


「確か、人魚は身を隠すため、人間になれる魔法を持つのじゃろう? せっかくの上級魔法だというのに、使わぬのは宝の持ち腐れではないか?」


「……別に、使うも使わないも勝手でしょう。うちは世間で言われてるような、優れた人魚じゃないわ」


「ほう? ではお主の職業はなんだというのじゃ?」


「盗賊よ。まさか自分が、居場所を奪った者達と同じだなんて、笑えない冗談でしょ?」


まだみんなが生きていた頃、族長の人魚に自分の職業を聞いたことがある。

軽い身のこなし、人を欺けるような愚直さ。そしてダンスや踊りで培われた、体幹のよさが盗賊に向いていると。


かといって宝や宝石に興味があったわけではなかったし、今となっては皮肉にも程がある、なんて思っていたのにー


「よいではないか。一つ二つくらい、こっちが奪っても。人間達を欺き騙す、というのも悪くないと思うがのう」


「……それ、本気でいってる?」


「この世界は平和じゃ。しかし、お主のように郷を追われた者や貧しい思いをしている種族が、少なからずいる……その者を救うと思えば、気は楽じゃろ?」


そこから、うちの盗賊活動は始まった。

人魚とバレないよう、ひたすら人間と偽って。苦しむ誰かのもとへ、届けに行く。

行っていたことは正直盗賊というより、義賊。

それ故なのか、悪いことをしている、という気はそんなに湧かなかったし、その時だけは生きてる意味を感じられた気がしていた。


「貴様、人魚族か。あの戦の中、今までよく無事に生きていたな……奴から、話は聞いている。四天王選抜戦に、参加する気はないか?」


四天王、魔王の側近的立ち位置でこの世界で絶対的強さを誇るものしか選ばれない。

数年に一度しか行われないだけでなく、その場に参加できるものも魔王に選ばれた器だけ。


だから、魔王さんから直々に声をかけられた時は正直驚いた。

おそらく彼女から話を聞いていたからでも、あっただろうけど。

それでも人魚の身であるうちにとって、その場に行くことも選ばれることも信じられなかった。




「で? どういう風の吹き回しなわけ? 関わらないでとか言ったあんたが、お守りを渡すなんて」


もらったお守りを睨みつけながら、うちへ鋭い目を向ける。

この顔、見覚えがある。

四天王として初めて顔合わせした時……だったかしら。


思えば、彼女は一番につっかかってきた。

人間として参加していたにも関わらず、彼女は一目でうちを人魚だと見抜いた。今となっては懐かしい話だ。


「別に、気が向いたのよ。リンがやりたいって言ったから、それに付き合っただけ」


「ふーーん、リンネがねぇ。で、その糸くず何?」


「ん? 私が作ったお守りだよ?」


「へったくそね、もうちょっとマシに作れなかったの? こんなの貰う方が可哀想だわ」


「ひっどい!!」


口を開けば人のやることに文句を言うか、強くなるために修行をするか。

とにかく馬が合わない彼女の第一印象は、正直最悪と言う他ない。

いつも偉そうにふんぞり返っていて、自分が一番だと自負する。

そんな彼女が嫌いだったし、苦手だった。


「そーいえば、あんたもお守り作ってたわよね。中身の石が同じって言ってたけど、勝つって意味があるやつでよかったの? あんた武道大会でないじゃない」


それでも、彼女はいとも簡単にうちの心をかき乱してゆく。

同族がいなくなってから、生きてる意味を見出せなかった。

常に死を考えていたし、いつ死んでも構わないとさえ思っていた。

思っていた……のに。


『聞いたぞ、サヨ。どうやら無事、四天王に選ばれたみたいじゃな。中に、わしの知り合いがおる。誰彼構わず喧嘩をふっかけるような奴じゃが……率先して他人を助けることができる、正義感が強い奴じゃ。お主のことも、守ってくれる。きっと、気にいると思うぞ』


ムカつく。何もかも、あの人の言うとおりだ。

その感情を自覚した途端、煩わしくて仕方ない。

寝ても覚めても、気がついたらあの子のことばかり。

こっちを見てほしい、そばにいてほしい。

この命尽きるまで、彼女と共に生きていたいー


「あら、知らないの? その石、ちょっとした噂があるのよ」


「はぁ? 何よそれ」


「秘密。わかるまで、教えてあげない」


カーネリアンには伝承がある。愛する人と情熱的な関係を結び、カップルや夫婦を和合させるという伝承が。

確たる保証もない、ただの苦し紛れに過ぎないけど。


まだみぬ未来の、その先をゆくため。

かつて止まっていた時間が、今、再び動き出すー



パラ、パラ、ページをめくる音が部屋に響く。

部屋に一人いるせいか、いつもは気にならない音が大きく聞こえてしまう。


向こうの部屋で、ユウナギの叫び声がする。

また、あのサキュバスがきているのだろうか。

サヨもどこか吹っ切れたようにマヒルを揶揄っては、くだらない痴話喧嘩へと変わってきている。

関係性が、明らかに変わった。

少し前までは、殺伐とした空気が漂っていたというのに。


「恋愛、恋したう感情。特定の人に特別な感情を抱くもの……好き……特定の相手が気になること、心惹かれること……人間になるには、必要な感情……」


彼女は一人、自分の腕を眺め見る。

かつて自分は、意思も命もない人形だった。

汚れても、怪我をしても、決して自分では直すことができない。

そんな自分に、彼女は不器用ながらも、直してくれた。

これはその時に繕われた、自分の一部だ。

あれからいくつもの傷ができたと言うのに、ここだけは他の誰にも触られたくなくてー


「私は、捨てられた身。赤の他人となった彼女を、決して許すことはできない……そのはず、なのに……募られてゆく胸のモヤモヤは一体、なんだというのですか……? 教えて、ください……アミ……」


誰に向けたわけでもない言葉が、一人の部屋にこだまする。

確かにあった温もりを手繰り寄せるように、彼女ーアサカはその手をぐっと握りしめたー


(つづく!!)

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