#31.なんて素敵なリア充ライフ


ジージーと、野菜を炒める音が聞こえる。

台所から香る美味しそうな匂いを、足音を立てずに辿っていく。

そこにあるのは、手慣れた様子で一人淡々と料理を作っている、見慣れた背中だ。

しかしその横には、今までなかった高い背と長い髪が当たり前のように存在していてー


「嗚呼……なんて芳しい香りなんだ……とても美味しそうだね。盛り付けも実に綺麗だね」


「……あのさ、いい加減調理中に付き添うの、やめてくんね? 座って待ってろって言ったよな?」


「ふふ……素直じゃない子猫ちゃんだ。本当は僕に会えて嬉しいのだろう?」


「あーもうわかったからこれ運べ」


「ああ、勿論だよ。その前にナギ、ソースが頬についてるよ」


そういうと、彼女はユウナギの顔をそっと撫でる。

普通なら手で取れるくらいの汚れだったのに、なんともあろうことか彼女はわざわざ頬を舌で舐めて……


「ちょっ、てめっ! 何を!!?」


「綺麗な姫に、汚れは似合わないからね」


「だからって……!!」


ああーーいい。いいですねぇ。

赤らんだ頬、顔を撫でるように動く指先。どれをとっても素晴らしき……


「……お嬢。何してんだ」


「え? いいアングルをみつけたから、二人を観察してるの。あ、気にせず続けていいよ? その調子で唇にもどぞ」


「ふふ……贅沢な子猫ちゃんだね。リクエストにお答えして、姫の唇を……」


「やらんでいいわっ!! 人の恋愛沙汰に首突っ込むな!!!」


無駄に固いゲンコツを私の頭に、ユサさんの溝にくらわしてゆく。

痛さで顔を顰めながらも、私は気にしない、というように満面の笑みを浮かべるだけだった。


波乱の幕開けだった、舞踏会から早一週間。

悪役令嬢の登場で、どうなることかと思ったけど、無事に婚約者はユウナギにきまって幕を閉じた。

話に聞くところ、2人は昔に結婚を約束していたんだとか。

再会が、よほど嬉しかったのだろうか。

四天王の家には、毎日のようにユサさんが入り浸っていて……


「ユウナギ〜今日遅くなるから、ご飯いらな……げっ。あんたまだいるの?」


「子猫ちゃんがいるところなら、どこへでもいるさ」


「そんなこと聞いてないわよ! ここはあたし達四天王の家よ! いい加減鬱陶しいんだけど!!?」


「マヒル様の言う通りです。永遠に顔を見ないと思っていたのが、週に3回も来るとは……反省の色が見えないと、主様に言いつけますよ」


アサカ、マヒルが疲れたような顔で言う。

そう、彼女がここにいる原因は、婚約者を飛び越えて同棲したいと言い出したからである。


もちろん巳胡さんは大歓迎だったけど、ディアボロスの方は前に騒動を犯した前科があるとかで、しばらく保留にさせられたそう。


結果、会うこともないのかと思ったけど、それを難なく越えてくるのが彼女である。

まあなんであれ、私にとっては万々歳なんだけどね!


「もぉみんな文句いわないの! 二人のラブラブは、私の目の保養にちょーーどいいんだよ。なんてったって念願のゆ! り! ですから!」


「……ほんと、ぶれないよなお嬢は……」


「そ、れ、に? 二人がくっついたのって、勝負を提案した私のおかげっていっても過言じゃなくない!?」


「お言葉ですがお嬢様。お嬢様が何もしなくても、お二人はすでにお互いを周知してらっしゃいましたし、自然と婚約者になっていたかと思いますが」


ふんだ、なんとでもいいやがれ!

誰がどう言われても、私のおかげだもーん!


「サヨ! あんたからもなんかいいなさいよ! こいつ何言っても聞かなくて!!」


マヒルが同意を求めるように、怒りながら彼女の方を向く。

いつから、そこにいたのだろう。

正直、この場で気づいた人はマヒルしかいないんじゃないかってくらい、静かだったと思う。

声をかけられた本人ーサヨは、心底迷惑そうに顔を顰め、


「何?」


とつぶやいた。


「さ、サヨいたのか……全然気が付かなかった」


「流石盗賊とだけあって、気配を消すのがお上手ですね」


「あなた達が鈍いだけでしょ。褒めても何も……」


「あんた、なんかあった?」


一つ二つ、会話を交わしただけ。今やっと顔を合わせたくらい。

それなのに、マヒルはなぜか彼女へ神妙な顔をむけている。

こんな些細な変化で気付けるなんて、マヒルすんげえな。これで付き合ってないんだからおばさんびっくりよ……


「この前から、やけに張り合いがないじゃない。あんたがおとなしいと、気持ち悪いんだけど」


「……別に。なんだっていいでしょう」


「いいわけないでしょ!! まさか、また魔力を使いすぎてるんじゃないでしょうね!? もし何かあるなら、すぐにでも……!」


「それ以上近づかないで!!」


彼女の手が、サヨに触れようとする前。

いつにも増して刺々しい声で、その手を払いのける。

ハッとしたような表情を浮かべたサヨは、いつもと何かがはっきり違って……


「……とにかく、うちに構わないで。邪魔」


一言そう言い放つと、彼女はそばにあった水路の方へ身を投げ出す。

ユウナギ達が呼び止めるのも、聞かずに。

これはぁ……ひょっとして、ひょっとする……?


「な、なんなのあいつ! ムカつく!!」


「ここのところ、お二人の喧嘩の回数が異様に減った気がします。マヒル様、心当たりはありますか?」


「なんであたしがしたこと前提なのよ! 知ってたらこんなに心配してないわよ!!」


あ、やっぱり心配してたんだ。さすがツンデレ、聞いてもないのに答えてくれる。


それにしても、喧嘩の頻度が少なくなったかぁ。

言われてみれば、ユサさんとユウナギがくっついてから、なんか悩んでるような感じだったような……


「ここの水って、サヨが住んでる人魚の村に繋がってるんだよね? 私、ちょっと行ってくる!」


「えっ、大丈夫なのかお嬢。理由はわからないけど、今はそっとしておいた方が……」


「大丈夫!! 私、なんとなくもうわかってるから!!」


そう言って、私は一人その場を後にする。

ただまっすぐーもしかしてと言う可能性を、胸に抱えながらー


(つづく!!)

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