#30,5. 夕暮れに咲く花の名は feat.夕凪


「きいた? あの子、人間と結婚したんですって!」


「今時ハーフエルフなんて、可哀想に……」


昔は、同族同士で結婚するのが当たり前だった。

他の種族同士なんてことは、巳胡様とマスターが結婚するまで、極めて珍しい事例として言われて続けたらしい。


その中でもオレの父、人間がエルフと結ばれたことは、エルフ族の中ではかなり問題とされた。

それでも自分たちの愛を貫き、命懸けでオレを産んだ両親を、悪くは思わない。むしろ誇らしいと思う。

ただ、そんな自分を同族達を認めてはくれなかった。


「みろよこいつの耳! 尖ってないぜ!」


「エルフなのに魔法も使えないなんて、変なのー!」


「しかもあいつ、動物の声聞こえるとかいってんだぜ? きっもちわる!」


「やーいやーい、あっちいけよ! 化け物〜」


魔力がない。エルフ族特有の耳がない。

それだけならまだよかったのに、その上魔物の声まで聞こえる。

いじめ、仲間はずれ、暴力……親がいないことをいいことに、それはずっと続いた。

エルフの成れの果て、誰もがオレをそう呼んで、オレに近づく人なんていなかった。


「……どいつもこいつも勝手だよな。人のこと、知りもしないでさ」


見た目が怖いという理由だけで、除け者にされる。魔物達とオレは、ほとんど同じだった。

それでも一人で生きることに必死で、ずっと誰にも頼らず生きてきた。

彼等だけが、オレの理解者だとわかっていたからー


「おや、人がいる。すみません、道に迷って……」


そんなある日のことだった。彼女が、現れたのは。


「ちょっ!!! 勝手にみてんじゃねえよ!! あっちいけ! 変態!!」


「す、すまない、つい……大丈夫かい? 回復魔法なら僕、持ってるけど……」


「お構いなく!! 一人でできるので!」


「あっちにたくさんエルフの子達がいたけど……みんなと遊ばないのかい?」


緑色のショートカットヘア、尖っている耳から同族だと思ったオレは咄嗟に距離を置く。

敵だと判断する、魔物達を沈めながら。


「……別に、頭が花畑みたいな連中ばかりだから、相手する気にもならねーんだよ。こいつらと遊んで方がマシ」


「確か、フェンリルだよね? この辺じゃみないけど、随分と懐いてるんだね」


「近づくと噛まれるぞ。こいつ今、お前のことどう食おうか考えてるし」


「えっ、フェンリルの気持ちがわかるのかい?」


どうせなら、早く行って欲しかった。

あんたもどうせ、あっち側なのだろう?

オレはもう、一人でいい。一人がいい。

誰も必要ない。オレのことをわかる人なんてー


「魔物と言葉をかわせるなんて、素敵だね。僕もお話ししたいんだけど、いいかな?」


その時、初めて彼女を顔を見た気がする。

優しそうで、穏やかな瞳だった。

目を見てようやく、彼女に敵意なんてないことがわかる。同時にそれが、本音だということも。


「僕はユサ、こうみえて悪魔族の一人なんだ。君のお名前は?」


「……ナギ、だけど」


咄嗟に本名を教えなかったのは、オレなりのバリケードだったのかもしれない。

これ以上、仲良くなってはいけない。彼女もいつか、オレと同じになってしまうから。


「ナギか。いい名前だね」


それでも彼女は、構わずオレと魔物が住む森に来てくれた。

来る日も、来る日も。

どんなに大きな魔物がいても、怖そうな虫がいても気にせず……


「ねえナギちゃん。この国から出てみないかい?」


しばらく月日が経ち、来ることを振り払えなくなったあたりの頃。唐突に、彼女は言った。

不覚にも心が揺らいだのは、すでに彼女へ心を許し始めていたからだろう。

一緒にいてはいけないとわかっていたのに、彼女といるとどうしても心が安らいでしまう自分がいた。


「エルフ族は差別やいじめがひどい。さらに財政も酷く荒れていて、壊滅も時間の問題だと聞いた……僕の親族が王を務めている国でね、人間も魔物も関係なく暮らしている場所がある。そこでならきっと……」


「はっ、オレは魔法も使えないエルフの成れの果てなんだぞ? オレがこの村を出たところで、どうしようも……」


「君はエルフの成れの果てじゃない。だってこんなにも、魔物達に心を許されているじゃないか」


魔物たちが、オレを向く。

まるで大丈夫だと、語りかけてくれるようだった。

彼等と目線を交わすように、ユサはくすりと笑ってみせてー


「君は、努力家だ。作った料理だって、戦闘だって並大抵のレベルではない。それに、誰よりも優しい心を持っている。そんな君ならきっと、誰かの役に立てると思うよ」


「……オレが……誰かの役に……」


「僕は自国に戻らなければならない。だがもし、許されるのなら、君を迎えにこさせてくれないだろうか? お互い、胸を張れる自分になっていたらその時は……結婚しよう」


彼女が姿を消して数日もたたないうちに、エルフの村は本当に倒壊した。

それぞれ思い思いの国に飛ばされたが、オレはユサに提案された国でも、どこにも行かなかった。

誰かの役に立てるように、あの人に胸を張れる自分になれるように。

一人ひたすらに、魔物達と時間を費やしてー


「貴様がハーフエルフの魔物使いか。いい瞳だ、魔物から信頼されているのがわかる……我はウヨシンテの王、ディアボロス。我の城に来る気はないか?」


彼女の言葉が自分の決意となり、夢になってからもう何年も経つ。

四天王を決める場に呼ばれたのは、今でも信じられない。

そこから四天王になり、仲の悪い3人をおだて、小さかったお嬢を育てて……怒涛の毎日を過ごしてきた。

すべては、あの人のため。いつか迎えにきてくれる、あの人のためにー


「君が欲しくなった。よければ君の……いや、君だけの王子にしてくれないかな?」


あの日、彼女が現れたのは驚きと同時にショックだった。

この人は、何をやってるんだって。

あんたのことは、名前なんか聞かなくても、オレはみただけでわかったのに。

なんで魅了にかからないか、だって? そんなの、決まってる。

だってオレは、あの時から、ずっとー




「あの頃より顔つきがよくなったね。気がつかなくてすまなかった。随分と遅くなってしまったが……迎えにきたよ、ナギ。あの時の約束を、ここではたそう」


ユサの温もりが、手を通して伝わる。

たちまち体が熱くなるのを、抑えるのに必死だった。

振り払いたいに、その手はいつにも増して強く、握られている。

微笑む顔、優しげな瞳はあの頃と何も変わらなかった。


「ちょちょちょーーーい! 何勝手に盛り上がってるの! どゆこと?! え、二人知り合いなの!?」


お嬢の声がする。

みると、みんなの視線がオレに向いていた。

恥ずかしさのあまり咄嗟に手を離したが、それでも彼女は上をいくというように体を引き寄せ……


「ああ。彼女とは昔、彼女とは愛を語り合っていてね。結婚しようと約束していたんだ」


「え! でも、あのカイマツさんは!? ユウナギと婚約してたのに、他の人とも婚約したの!?」


「おや、きづいてなかったのかい? あれは僕の使い魔で、人間ですらないよ」


彼女はそういいながら、指をぱちんと鳴らす。

途端、カイマツと名乗った女性は、小さな蝙蝠へと姿を変えてしまい……


「……成程。つまりオレは、まんまとはめられたってことか」


「君を傷つけることになったのはすまない。こうでもしないときてくれないと思ったんだ。君を、怒らせてしまったから」


「ユサ様、わたくし達を騙したのですか!? あんなに好きと言ってくださったのは嘘だったと!?」


レイジョーが、怒りのまま彼女に叫ぶ。

仮面をしていても、彼女のことは嫌というほど気づいてしまう。

当時、族長の娘だからといって、オレのことを追い出そうとしていた。

とある女性から、四天王になったことへの抗議の文が送られてきたというのも、おそらくー


「僕が交わした言葉に、嘘偽りはない。ただ、君が僕に向けるその愛は、本物だと言えるのかい?」


「な……なにを……」


「僕はサキュバスだ。何もしなくても、たくさんの子猫ちゃんを魅了させてしまう……だから、試した。式典を利用して、魅了にかからない子猫ちゃんを探すために。そしてみつけたのさ、たった一人の姫を」


そういう間も、彼女はオレの体を離そうとしない。

あまりにもまっすぐ見つめてくるものだから、オレは咄嗟に目を逸らす。

その目線の先には、運悪く四天王3人と、お嬢の姿があって……


「……お取り込み中申し訳ないのですが、つまり、婚約者は最初からユウナギ様だった、ということですか?」


「まさかあんた、このためだけにあたし達を付き合わせたわけぇ!? 信じらんない!!」


「……式典の時から何かあるとは思ってたけど……あなた、そう言う趣味だったのね」


「ちがっ! 昔はこんなんじゃなかったんだよ! いい加減離せ!」


「そうときまれば、我が両親に紹介しなければ。魔王や女王様にも、招待状は送ろう。友人代表の挨拶は、四天王の子猫ちゃんに……」


「話聞けよ! 気づかなかったのも、遅くなったのも怒ってないから、そんながっちり掴まなくても……!」


「もう、逃がさない。逃がしてなるものか……ずっと探していたんだ、もう一人にはさせないよ」


ふっと、彼女の顔が近くにくる。

気がつくと、唇と唇が重なっていた。

途端悲鳴のような、歓声のような声が会場にどっとわいて……


「だからっ!! そういうとこっ!!!」


同時に、彼女へ溝落ちする。

良いところに入ったのか、彼女はぐふっと声を上げながら倒れてゆく。

心なしか、四人の視線が痛いくらいささっていて……


「……随分と壮大な茶番劇ね。飽きたわ、先帰る」


「ちょっ!!! こいつ運ぶの手伝えよ!!」


「あー安心して、あの二人にはユウナギは王子様が攫ってった〜って言っとくわ」


「ご結婚おめでとうございます、ユウナギ様」


「だからちがっ……! お嬢!!」


「供給量えぐすぎるわ……ご馳走様です」


「こ、こいつら……! もうっ! いい加減にしろぉぉぉぉぉ!!!」


オレの叫びが、むなしく城に響く。

かつての約束が果たされた舞踏会は、こうして騒然と過ぎていったー





人が、はけていく。

すごかったね、やばかったね。

話しているのはどうせ、彼女達のことであろう。


一人先をゆくサヨは、どこか呆れていた。

面前の前とはいえ、あんなに堂々と愛を誓い合ったのだ。とても真似できない。

でも同時に、謎の感情が彼女を渦巻いていた。


結婚。それは、誰もが夢見ること。

唇と唇が重なったあの時ーなぜ自分は、彼女を思い浮かべたのだろう。

なんだかんだいつも、手を差し伸べてくれる、彼女の姿をー


「サヨ〜? 帰るわよ〜? ったく、どこ行ったのかしら……さっさとしないと置いてくわよ〜」


声がする。

聞きたくもない、耳障りな声だ。

そのはずなのに、なぜか名を呼ばれるたび、胸が苦しくなる自分がいた。

自分のことを探し、呼んでくれた喜び。

同時に押し寄せてくる、呼ばないでほしい、探しになんてこないでほしい苦しみー……


「……皮肉ね。嫌ってたはずの相手に、こんな感情抱くなんて……」


誰もいない中、一人つぶやく。

彼女は呼びかけに答えることもなく、そばにあった水の中を潜って進んでゆく。


違う、そんなんじゃないと、その感情に、気づかないふりをするようにー


(つづく!!)

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