#20.ノーモア、シリアス!!
なんだか、甘い匂いがする。
いちごのような、美味しそうで芳しい香り。
その香りが彼女が意図的に発していると分かったのは、おそらく目の色の変化に気づいたからだろう。
薄れゆく意識をどうにか保ちながら、私は自分で自分を奮い立たせることしかできずにいた。
「ああ……ユサ様、美しい……」
「ユサ様……」
気がつくと、周りにいる人々は皆、彼女に骨抜きにされていた。
まるで宗教だな、なんて思ってしまう。
サキュバス、サヨはそう言っていた。
確か、サキュバスって魅了させる力がある悪魔の一種なんだっけ。
よくみたら背中から伸びてる尻尾の先は尖っていて、本当に悪魔のようだけど……一体何のためにこんな……
「スキバユサとかいったわね! 今すぐにみんなを戻しなさい!!」
そんな中、どこからともなく出した斧の先を向ける。
無論、マヒルだ。
彼女達四天王は、術なんてきいてないように果敢に私を守るように立ちはだかってくれていた。
「さすが魔王が認めた四天王とだけあるね。この香りをかいでも、僕に落ちないとは」
「はんっ、あんたみたいなキモナルシストに、あたしが落ちるわけないでしょう!」
「同感ね。一体何が目的? この国では罪を犯すと、一生牢から出られないわよ」
「目的、か……無論、僕の目的は一つしかない。魔族も、人間も、この僕の美しさに惚れさせることさ!!」
また目が、赤く発光する。
途端、さらに匂いをましたものが、私の嗅覚を刺激する。
あ、あかぁん……意識が朦朧としていくぅ……
よくみたら、あの人めっちゃかっこいいよなぁ……お近づきになれたら、すっごくいいんだろうなぁ……
「な、何よこれ……! 体が、動かない……!」
「サキュバス特有の能力ね……厄介だわ……リン、しっかりなさい! リン!」
ユサ……ユサ様……ばんざぁぁい……
「このままじゃまずいわね……アサカ! リンを別室に……アサカ?」
「命令……ユサ様……手出し、不能……」
「ああもう、どいっつもこいつも!! サヨ、耳を塞ぎなさい! すぅ〜〜〜リンネ!! アサカ!! しっかりしろぉぉぉぉぉぉ!!」
ぐわぁぁ、耳がァァ。耳が割れるぅぅぅ。
……はっ! 私は今まで何を……
「相変わらず無駄に大きい声ね……耳栓してたのに、こっちまで頭が痛いわ」
「うっさいわね! 文句ならあいつをどーにかしてから言いなさい!」
「ふふ……随分とつれない子猫ちゃんだ。僕はただ、みんなに愛されたいだけなのに……」
足掻いても無駄なのに、とばかりに彼女はため息をつく。
マヒルの声のおかげもあり、なんとか意識は保てているけど……正直、どこまで持つか分からない。
そもそもなんでこんなに愛されたいんだろう。
見た目かっこいいんだし、ここまでしなくたって普通にモテると思うけどなぁ。ある部分をのぞいて。
マヒルもサヨも麻痺状態。マヒルの大声があってもなおアサカは茫然とぶつぶつと、何かをつぶやいているだけ。
万事休すか……
「お待たせ、サヨ。マスターと話してたら遅くなって……え、なんだこれ! みんなどうした!?」
そこに、声がする。
やってきたのは今の今まで部屋にいなかった、ユウナギだった。
彼女はこの状況を見た途端、驚いたように目を丸くしていて……ってそれどころじゃない!
「だ、だめ!! ユウナギ、逃げて!!」
「おや、また一人子猫ちゃんがやってきたね」
「……え?」
「さあ、君も共に落ちようじゃないか」
彼女とユウナギの目が、ばっちりとあう。
ああ……もうダメだ、おわった。
全国の読者の皆様、長らくのご愛読ありがとうございました。
四天王の百合をみたかったのですが、どうやらここでお別れみたいです。
次回のリンネ先生の作品にこうご期待……
「……は? 何あんた、きもっ」
……あり?
「おやおや、見た目に反して随分と荒々しいお姫様だね。だが、嫌いではな……」
「これ、もしかしてお前の仕業なのか? なら、すぐに元に戻しな。せっかくの建国式典なのに、台無しになっちまうだろ? マスターが来ないうちにさっさと行った」
えーっと、これは一体何が起こってるのかしら??
匂いは会場中に充満、ユサさんの目は赤く発光したまま。
彼女にとっての舞台は十二分に整っているはずだ。
現に、こういう場で一番啖呵を切りそうなマヒルがいまだ動けていない。
と、いうことは……???
「マヒル、サヨ大丈夫か? 麻痺状態になってるのか……待ってろ、薬がないか探してくる」
「ま、待ってくれたまえ……! この目を見ても、体の自由がきくのはおかしい。みたまえ、僕の美しさを! この世界で唯一無二の美貌だろう……!」
そう。ユウナギには、魅了どころか二人のような麻痺すらきいていないのである!!
なぜなのか、私には分からない。
それは多分彼女も同じなのか、どこか焦っているように見える。
そんな彼女に、ユウナギはバッサリ。
「いくら美しくても、偽りの愛で好きにさせたって何の意味もないだろ」
と、ごもっともな意見をのべて……
「……あら、体の自由がきいてきたわ」
「こんのクソ悪魔!! よくもこのあたしに膝をつかせたわね!!?」
「マーヒール、戦闘はダメだぞー。ほらあんたも、捕まりたくなければ早く……」
「なんということだ……君が、君こそが僕の探し求めていたものを持っているとは……」
すると彼女は、ユウナギの腕を強引に引っ張る。
その動作、所作はまるで、王子様が姫に求婚しているかのような、物語の一ページに見えて……
「君が欲しくなった。よければ君の……いや、君だけの王子にしてくれないかな?」
あ、あっひゃぁぁぁぁぁ!!
イケメンだ!! この人、やっぱりイケメンだよ!! サキュバスってことをのぞいて!
だってほら、今手のひらにキスしてるし!
こぉんなことしたら、さすがのユウナギも……
「断固! お断りさせてもらう!」
ほら、歓喜の溝落ちパーーンチ!
……ってなんで!?
「そういうのマジでキモいから。やめた方がいいぞ、冗談抜きで!」
「あはははは!! よくやったわ、ユウナギ! ざまあないわ!」
「見るに耐えないわね。ご愁傷様」
マヒルも、サヨも、みんなして彼女をバカにするように笑う。
今まだ優しかったユウナギはどこへやら、まるで別人のようにあしらう彼女を初めて見た気がする。
可愛い顔には裏があるとは、まさにこのことだな。うん。
「ふふ……恥ずかしがり屋な子猫ちゃんだね。いつか君にもわかるさ、この僕の本当の美しさが」
「わかりたくねーわ。はよ帰れ」
「いつか必ず、君の心を奪う。またね、子猫ちゃん」
そういうと、彼女はまたペガサスに乗って去ってゆく。
彼女が空へ飛ぶと同時に、みんなの意識も何事もなかったかのように戻って行ったのだったー。
(つづく!!)
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