#7.愛されない少女が愛を求めた結果。
3時をさす時計が、ゴーンゴーンと音がなる。
ゆらゆら揺れる振り子を眺め見ながら、私は
「ばぶば」
と呟いた。
え? 今、なんて言ったかわかんないって??
これだから赤ん坊は、不便で仕方ない。
こちとら頑張って「暇だ」を表しているというのに……
魔王の娘、リンネとして生を受けた私は、これといって転生ライフを満喫していない。
そう思う理由が、「赤ん坊である宿命」との戦いである。
赤ん坊は喋ったり、歩いたりすらできない。
それはどこの世界でも共通しているのか、未だハイハイするだけで疲れてしまう。
しかも、それだけではない。
私がいまだに納得できない理由、それは……
「ぶーーーー」
「やべ、お嬢がぐずりだした。おい、誰かミルク作れねぇか?」
「はぁ? 嫌よ、めんどくさい。ミルクなんて、自分で作らせばいいじゃない!」
「同意ね。うち、そんなに暇じゃないんだけど」
「むしろ与えずに、餓死させるのはいかがでしょう」
「お前らなぁ……」
そう! この四天王、まったくもって私を愛してくれないのである!!!
正確に言えば、アサカ、マヒル、サヨの三人。ユウナギは忙しい中でも、しっかりやろうという心意気がみてとれる。
魔王があそこまでしたというのに! どーーしてこう四天王とやらは一筋縄じゃいかんかね?!
だがしかぁし! ここで諦めないのが私という女!!
私の好きなことは、美少女を愛でたり、百合を楽しむこと!
この四人からは、そんな描写のびの字も感じられない。
家に四人揃ってることすらあんまりないしねぇ。
とはいえ赤ん坊状態じゃ、できることも限られてくるし……
はっ!! ひらめいた!!!
「ばぶばーー」
つたない手足を動かせ、なんとかある場所にたどり着く。
なんとか言いたいことを伝わるようにと、声をあげながら小さすぎる手を上にあげる。
それに気づいてくれたのは、水盤から顔だけを出していたサヨだった。
「……ねえ。この子、本に興味があるみたいよ」
「絵本でも読みたいんじゃない? そこ、アサカのでしょ。貸しといたら、少しはおとなしくなるんじゃない?」
「それは、命令ですか?」
「好きにとってくれて構わないわ」
「かしこまりました。あいにく子供が読む本は持ち合わせていませんが、適当に置いときます」
そういわれ、分厚い本が置かれてゆく。
魔界だから字も独特なのかと思いきや、案外普通に読めるから助かる。
ううむ、あれでも……これでもない……
途中、まだ家事をしているのにも関わらず、ユウナギが隣にきて、
「お嬢、読んでやろうか?」
と優しく声を掛けてくれる。
それでも私は、首を横に振る。
ようやくお目当てのものが置かれ、早速それを手に取る。
そして本を読むために、部屋の隅の方に逃げてゆく。
どこだ……どこだ……? 私の求める情報は……
「ほんとガキってバカよね。あ〜んな難しそうな本、読めるわけないのに」
「一人でやってみたいってことだろ? あそこまで嫌がられると、少し傷つくが」
「みたところ、大人しく読んでくれていますね。さすが主様の娘とだけあって、ちゃんとしているようです」
「それにしては随分奇妙な行動ね。まるで、最初からあの本が読みたかったかのような……」
ふっふっふっ。そこのあなた、今なんで急に絵本を読みだしたんだ? とか思ってるでしょぉ?
否!! それは違う!!
私が読んでいるのはずばり、魔法全書!
異世界といえば魔法! 魔法と言えば全人類の憧れとも言える!
魔族に転生してるわけだし? 一個や二個くらい使えてもおかしくないはず。
えーっと、それっぽい魔法はぁ……お、これかな?
「ぶぶーば、ばぶばぶ、ばーーぶ!!」
書いてあるとおり、呪文を口にした。つもりだった。
……もちろん、嫌な予感はしていたさ。
はっきり言葉を発さない赤ん坊状態で、果たして発動するのかと。
期待というものは、簡単に崩れ去る。
まてどもまてども、ちぃっとも何も起こらなくて……
ええい、かくなる上は最終手段!!
「ぴええええええええええん!!!」
誰かにこの魔法を唱えさせ、私にかけてもらうのみ!!
「うるっさ! ちょっと! 急に大きな声出さないでよ!!」
「あちらで赤ん坊が泣いております」
「一人でやりたがったり、急に泣いたり、子どもって面倒ね」
「呑気なこと言ってねぇで、少しはあやしてくれよ。待ってろ、すぐ終わらせるから……」
どんなに私が泣いても、うざがるか、高みの見物。
頼りの綱だったユウナギでさえも、忙しそうでこっちにさえいけない様子。
せ、せっかくの打開策を考えたと言うのに……私はここまでだというの……?
何もできずに、ただ泣くことしかできないなんてはがゆすぎる!!
私はただ、彼女たちと話したいだけなのにー……
「よし、おわった。……ん? なんか、光ってね?」
泣いて泣いて泣きまくっていたその時。
私の体を、光が包んだ。
白い粒子たちが、私自身をとりかこんでー
「ちょっと! どうなってるのよ、これ!」
「これ、さすがにやばいんじゃ……」
まるで私の声に呼応したかのように、その光は私の視界を白にそめる。
ようやくはっきりみえるようになると、ユウナギが心配そうに近づいてくるのがわかって……
「お嬢、無事か!? ……っ! その、姿……」
みんなのぎょっとした顔が、私に向く。
もしかして、と思いながらゆっくりと体に目を向ける。
自分の思い通りに動く手足、さっきまでみえなかったところまでみえる視界。
そして、明らかに体が、手足が、彼女たちの大きさが何もかも違うようにみえる。
これは、ひょっとしてひょっとする……?
慌てて部屋に置いてあった、鏡に走りだす。
肩くらいに伸びた金色の髪、母親譲りの赤い瞳、そして少しだけふくよかになったお胸と体つき……
「私、大きくなっちゃった!!!」
この日、私は十歳くらいの体に急成長をとげたのです!
(つづく!!)
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