第50話

「あんたも、諦められたら楽だったのにね」

 目の前で旭を連れ去られた生田に、どこから現れたのかどこから見ていたのか、早見がそう言った。

「――諦められたら」

「恋なんてしてない? あんたら三人ほんと似た者同士」


「ど、どうしたんですか、静夜さん」

「あなたから告白されて、僕は恋愛感情といったものがよくわからなくて、お断りしました」

「はい」

「その後も所構わず好意を示されて、何度断ってもつきまとってくるし、少なからず混乱したし、鬱陶しいとも思っていました」

「はい……」

 旭はうつむいた。

「けれど、あなたと距離を置いて感じたものは寂しさと独占欲でした」

 旭は顔を上げた。

 待って、その先は。

「僕はどうやら随分以前からあなたのことが好きだったようです。人の心はうつろいゆくものだという持論は変わっていませんが、今、現在、あなたが他の人のところへゆくことが耐えられません。あなたによると『意固地になって執着してどれだけ時間を浪費しても構わない、それが人生の糧になってもいいしならなくてもいいと思えるのが恋』だそうですね。僕は僕以外の血があなたの体内に入るのが嫌です。どこまで僕が歩いていっても着いてきてくれるあなたに執着しています。あなたのためならこの腕でも何でももいで食べさせてあげましょう。好きです、三峰旭さん。僕と交際してください」

 右腕を引き寄せられて抱きしめられる。

「散々あなたの情緒を狂わせていた自覚もあります。だからもう僕のことが嫌いになっていたなら振り払ってください」

 夢なら覚めるな。時間よ止まれ。

 ああ、でももう、バラけてもいいや。

 あなたの声でわたしを殺して。

「もう約束なんていいですよね、わたしは、静夜さんのことが好きです」

「そうですか。それは良かった」

 その瞬間、旭の中で感情が変化した。

 自分の死を刻みつけて忘れられないようにしたいという信仰に似たエゴイズムが剥がれ落ちて、静夜を想うただ唯一無二の恋心へ。

「先輩、わたしのことはどうか忘れてください」

 そう口にした瞬間、右肩が外れた。成就したのだ。きっと紅茶の最後のひとしずくのような、一番純度の高い恋が、本当の意味で結ばれたのだ。

「ああ」

 左膝がもげる。身体が崩壊していっている。

 あのおまじないは、【先輩と結ばれるまで】だから。

 結ばれた今はもう時効なんだ。

 わたしは本当の恋ができたんだ。

「先輩、たくさん恋させてくれてありがとうございました」

 ひとしずく涙がながれて、首が外れて、旭の意識は消失した。

 生徒会室には、旭の首を大事そうに抱いた静夜だけが残された。

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