第46話
「月岡、お前三峰となんかあっただろ」
山口に問われ、静夜は本から顔を上げた。
「どうしてですか?」
「雰囲気が違う」
「僕はいつもどおりですよ」
「全然いつもどおりじゃないぞ、気づいてないなら教えてやるけど」
「どの辺りがですか?」
「三峰との距離感」
「――どういうふうに違いましたか?」
「保護者とその被保護者って感じだったのが、意識しあってる男女みたいになってる」
「不本意ですね。僕と三峰さんはいい友人です」
「関係性にどんな名前をつけようが自由だけど、実際の関係がどうであるかとは関係ないぜ。名前をつけて安心してるようじゃお前もまだまだだな」
「仮初でもいいんです。僕たちが僕たちのままで在り続けられるなら」
「その方法が『いい友人』だったとしたら、お前はあとで後悔するかもしれないな」
「……考えておきます」
「おう、よく考えろ」
木村研の扉を開ける。
「オレンジジュース売り切れだったのでりんごジュース代わりに買ってきました」
「おー、サンキュ」
「三峰さん、帰りましょう」
「はい! 今日は早いんですね」
「ちょっと考えたいことがあるので」
「なるほど」
置いたままのスクールバッグを肩にかけて、旭は出ていこうとする静夜に続いた。
「お疲れさまでした!」
「お先に失礼します」
「おつかれー」
「おつかれさん」
帰る時間は、いつもどおり無言だった。でも、いつもと違って息苦しかった。
「静夜さんは、何を考える予定なんですか?」
尋ねてみると、少し黙って、静夜は答えた。
「様々な人間関係の有り様についてでしょうか」
「なるほど。興味があります」
「考え終わったら教えます」
「ほんとですよ」
「僕が嘘をついたことがありますか?」
「結構あります」
「そうですね」
なんでだろう。会話のすべてが空々しく感じてしまう。
何が違う?
恋愛感情を隠しているからか。今までは好きと言って断られてもその感情を持つことは許されていたが、今はそれが許されていないからだ。
隠し通さなければいけないからだ。
静夜に嫌われない方法がそれしか無いからだ。
そして、静夜も旭が静夜を好いていることを知っているからだ。
いままでは『好きになってほしい、好きと言って欲しい』だったのに、今は『嫌われたくない』のだ。
それは天と地ほどの差がある。
「三峰さん」
「えっ? あっ、はい」
「お家に着きましたよ」
「え?」
顔を上げると自宅前だった。
「ほんとだ」
「外を歩くときはぼうっとしていると車に撥ねられるかもしれないので気をつけてください」
実際に撥ねられたことのある旭はそうですねと深く頷いた。
「それでは、失礼いたします」
「はい。おやすみなさい、静夜さん」
「はい」
――おやすみなさいって、言ってくれなかった。
「あーー」
風呂上がりの旭は自室のベッドで転がりながら静夜のことを考えていた。
そもそも黒魔術を使ったのは、純度の高い恋をあのひとに伝えたいからだ。じゃあ純度の高い恋とは何だ、と考えたときに、信仰と崇拝が混ざっているなと認識した。そして一縷の憐れみも。
信仰も崇拝も憐れみもすべて削ぎ落としたらそれは純粋な恋になって、好きになってもらえる?
そこが間違っているのかもしれない。
旭がどれだけ相手のことが好きでも何を捧げても何を擲っても、相手がそれを受け入れなければならない義務なんてないのだ。
どうして好きになった人は自分のことを好きになってくれないんだろう。
これまで欲しかったものは勉強も見た目も運動神経も総て手に入れてきた旭が初めてぶつかった壁が静夜の心だった。
やっぱり旭の初めてを奪うのはいつだって静夜なのだ。
この壁を回り込むのか穴を開けるのか飛び越えるのか、そもそも壁がある限りそんなことは不可能なのか。
どうしよう、なんにもわかんない。
人の心ってどうしてこんなにわけがわからないんだろう。
そのとき、初めて静夜の気持ちがわかった気がした。彼も恋愛感情に対して同じような認識なのかもしれない。初めてぶつけられた恋愛感情は彼にとってはどれだけ考えても理解の及ばないものなのかも。
だとしたら、旭が何を考えても無駄だ。
旭も先輩も恋愛体験というものがお互いしか存在しないのだから。旭の初恋は静夜だし、静夜はそもそも恋をしたことが無いと言っているのだから。
先輩に恋愛体験をさせてみないと、恋心というものを一生理解してもらえない気がする。だって本当は初等部から中等部の頃に済ませておくべき感情だもの。それが大学まで無かったということは先輩側も旭と同じく相当内面を拗らせているに違いない。
先輩の心に絡まっている恋の糸を解きたい。
それが今の旭がするべきことかはわからないけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます