第42話

 翌日、木曜。旭の気分は絶好調だった。いつでも先輩に好きって言える。嬉しい。楽しい。

 だって先輩に好かれていないのだから。

 あれ? なんで先輩に好かれていないのにこんなに喜んでいるのだろう。おかしいな? 倒錯しているな?

「お前らとうとうくっついたんか」

 珍しく自分しか居ない木村研で木村先生にそう問われ、旭は首を横に振った。

「いいえ、振られました」

「ええ? なんかの間違いなんとちゃう?」

「でもいま最高に楽しいんですよね、先輩に好きって言い放題だから」

「いや振られたなら諦めろや」

「諦めがつかないんですよ」

「でも相手からしたら相当迷惑やで」

「こないだ嫌じゃないって言ってました」

「月岡は何を考えてんねん︙︙」

「わたしだってわかりませんよ」

「そんな期待をもたせるような言い方して、月岡も残酷やなあ」

「静夜さんは残酷なんかじゃないです、わたしが勝手に諦めてないだけなので」

「教祖と信者みたいやな」

「わかりません、でも、わたしにとってはかみさまみたいな人です」

 やっぱり信仰心はあるようだ。そして崇拝も。でも、それって恋と何が違うんだろう?

「知ってるか、神に恋した人間にはろくな結末が待ってないんやで」

「それでもいいです、今この瞬間を捧げられるなら、そしてそれを万が一受け取ってくれたなら重畳です」

「月岡はきっとその感情を三峰に向けることは無いよ」

「あの人の視界に入れたらもういいです」

「嘘やな」

「はい。わたしを一番に見て欲しい」

「七つの大罪のうちの強欲と傲慢が揃ってるやん」

「いずれ全制覇してみたいですね」

「こわっ」

「でも本当は、本当に一番に願っていることは、あの人が孤独じゃなくなることなんですけど」

「それはエゴイズムやで。月岡は孤独でありたいかも知れんし、そうなら孤独である権利が月岡にはあんねん。孤独が悪いことだと決めつけて押し付けるのは信仰でもなんでもないただのエゴや」

「……そん、なこと」

「しかも、まだ思い違いしとるよ。月岡が孤独じゃなくなるのは、自分が側に居るからってことやろ。自分が側に居たいっていう感情が紛れてる」

 旭の想いは信仰ですらなかったのか?

 その時、木村研の扉が開いた。

「静夜さん」

「どうも」

「コーヒー飲みますか?」

「ああ、じゃあお願いします」

 旭は少し震える手で電気ポットを手にとった。たった今教授に指摘されたエゴイズムについて深く考える必要がありそうだった。

 わたしはあの人のカムパネルラになりたいのに。これはエゴイズムなの?

 好きなままだと生涯の友達にはなれない?

 純粋な恋ってなんだろう。純粋な友情と両立はできないのだろうか。

「木村先生も飲みますよね?」

「ああ、頼む」

「はーい」

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