第41話

 昼休み、静夜に会うために木村研に向かう。

「こんにちは」

 扉を開くと、そこにはいつもの三人が居た。ゼミ生はまた特盛の定食屋に行っている。

 静夜の隣に座って、生協の弁当を食べる静夜を見つめる。

「……なんですか?」

「いや、先輩が食べ物を食しているなあと思って見てました」

「食べたいですか?」

「いいえ、まったく」

「じゃあなんで見てるんですか」

「あなたのことが好きなので」

 先輩が噎せた。

「あああ大丈夫ですか?」

「ぜんぜん大丈夫じゃないです。そういうことを人前で言うのをやめてください」

「人前じゃなければ良いんですか?」

「そういう問題じゃありません」

「そうですか、すみません。本でも読んでますね」

「ぜひそうしてください」

 俺らは何を見せられてるんや、と視線を合わせる教授陣をよそに、旭は持ってきていたミステリ小説を読み始めた。

 読み終わる頃、顔を上げると静夜は食事を終えていた。そして、その手には旭の持っているものとは違う黒魔術書があった。

「え? 先輩、なぜそれを?」

「あなたを人間に戻す方法があるかもしれないと思ったので」

「黒魔術、代償が結構大きいので手を出さないほうが良いですよ」

「読んでるとそうみたいですね。なのにあなたは手を出したんですね」

「うっ、そうです」

「ゾンビを人間に戻す方法が見つからないんですよ」

 望んでゾンビになったわけではないので当然である。

「別の呪文の応用かと思って探しています」

「あんまり真剣に読み込まないでくださいね」

「はい」

「先輩、自分の寿命とか使ったら嫌ですからね」

「はい」

 予鈴がそろそろ鳴りそうだったので自分の本を持って立ち上がる。

「それでは失礼します」

 旭は軽く会釈して木村研を出た。


 放課後、木村研から帰るときに静夜はいつもどおり旭に声を掛けた。

「そろそろ帰りますよ」

 いつもどおりに戻れたのが嬉しくて、旭は微笑んで返事をした。

「はい」

 途中で生徒会室に寄って吸血をした。もう慣れたものだった。胎の底が疼いている。もっと欲しいと疼いている。しかしその衝動を飼いならすことが、幸いにも旭にはできていた。

 帰り道に会話は無かった。でも居心地は悪くなかった。

 まだ好きになってもらえるチャンスがある、と前向きに考えていると家の前にたどり着いていた。

「それでは、おやすみなさい」

「はい、好きです」

「だから脈絡もなく好きとか言わないでもらっていいですか」

「困りますか?」

「困ります」

「困るのは嫌ですか?」

「困るということは頭を使うということなので、嫌ではないですけど」

「じゃあもう少しだけわたしのことで困ってくださいね」

「うーん」

「おやすみなさい」

 旭は踵を返して玄関に入った。

 静夜さんの唸り声が背後から聞こえて少し面白かった。

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