第38話

「ねえ早見、こっちのロングTシャツとこっちの白いマキシワンピースとどっちが良いかな!?」

 旭は代休の一日目を使って、早見と生田を引き連れ翌日の海に備えてショッピングに来ていた。

「顔がいいんだからどっちでも良いんじゃない?」

「なんで俺ここに居るの?」

「荷物持ち」

 間髪入れずに旭と早見からそう告げられて既に複数の紙袋を持たされていた生田はため息を吐いた。

「身も蓋もねえな」

「ちょっと試着してみる」

「いってらっしゃい」

 白いマキシ丈ワンピースはまるでお姫様が身に纏っているようなドレスのような雰囲気だった。旭が着るとくるぶしの少し上辺りまでの丈だったのでちょうど良かった。

「早見ちょっとこれ見てー」

 試着室前でスマホを見て待っていた早見が顔を上げる。

「似合う?」

「すごい似合ってる。ねえ生田、似合ってるよね」

「なんで俺に聞くんだよ」

「負け馬へのアシスト?」

「お前のその一歩上からの目線が腹立つんだよな」

「何の話してるの?」

「いや? 旭のために作られたみたいな服だね、って話」

「つまり静夜さんのために作られたみたいってことね!」

「あのさあ、念の為聞くけど振られたんだよね?」

「そうだよ?」

 早見の確認に、生田も乗ってくる。

「それなのに二人で出かけるのか?」

「うん」

「辛くねえの」

「なんかわかんないけど穏やかな気分。明日海辺を一緒に歩けるなら幸せ」

 旭はこれにしよ、と決めてまた試着室のカーテンを閉めた。


 家に帰り、旭は部屋に戻ってワンピースを壁のハンガーに掛ける。おろしたての少しヒールのあるミュールを玄関に用意して、後はマニキュアを失敗せずに塗るだけ、というタイミングで、静夜からメッセージが飛んできた。

『すみません、明日の予定について、取りやめることはできますか?』

 まあそんなにうまくいくわけないか、と諦観に似た思いを抱きつつ、旭は『何故ですか』と問い返した。

『あなたの件も含めて、この頃、さまざまな人間関係を振り返る機会がありました。それで、好意を寄せてもらっており、それに気づいていて、それに応えるつもりがないのに、外出のお誘いに応じるのは不誠実だと思い至りました。以前、人が何かについてどう思おうがどうでも良いと僕は言いました。しかし、やはりどうでも良くないようです。真面目に思っていることについて、何の応答もせずやり過ごすのは、よくないことだと思っています。前から約束していたことなのにすみません。できればこちらを友人だと思ってお付き合いいただければ幸いです。もしそれが可能でしたら、よろしくお願いいたします』

 旭は間を置かずに返答した。

『はい、わかりました。誠実な対応ありがとうございます。これから友人としてよろしくお願いしますね! 何度も言いますが、貴方は魅力的で優秀な人間だと今でも思っています。好きでした。ありがとうございました』

 伽藍堂の言葉だった。

 なんて誠実なひとだろう。なんて不器用なひとだろう。


 なんて残酷なひとだろう。


 少しだけ堪えて、堪えたけれど、堪えきれずに、わたしは先輩にメッセージを追加で送った。本当はこんなことしたくなかった。物分かりのいい後輩を演じ切りたかった。

 でもそんなことはできなかった。

 初恋の残火は消えてなんかくれなかった。

 ずっとずっと消えてなんかくれなかったから今こんなに苦しい。

 たとえ死ぬとしてもあのひとに振り向いてもらいたい。自分よりずっと先にいるあの人に、追いついて好きだと伝えたい。

 わたしは追いかけるように先輩にメッセージを送った。

 そして思いの丈を散々に伝えた。脈絡も何もなかったかもしれない。ただ、物わかりの悪い後輩でごめんなさい、それでも貴方のことがどうしても好きです、あなたが孤独の道を選ぶとしても、わたしはそれに着いていきたい、わたしと貴方の間に名前をつけなくても構わないから側に居たい、あなたのことが好きだ。

 そんなようなことを伝えた。

 わたしの怒涛のメッセージが一息ついたところで、先輩は目に見えない、触れたら壊れる何かにそっと触れるような繊細さで、『ありがとうございます。でも、僕は、やっぱり貴方と交際することはできません。むしろ、頭を下げてでも貴方には僕の友人になってほしい』と返してきた。

 頭を下げてでも?

 先輩に頭を下げさせることなんかしたくない。

『頭なんて下げなくても、友達にくらい、なります。でも、わたしは先輩に対する恋愛感情を持ったまま友人になることになるかと思いますが、それについてはどう思われますか』

『普通に嬉しいですけど』

 じゃあ結婚してくれよ。その瞬間死ぬけども。

 旭は泣きそうな情緒をなんとか抑えて、メッセージを送った。

『そうですか。よかったです。おやすみなさい』

『はい、おやすみなさい』

 ああ、

 わたしはそれが不誠実でも同情でもよかったから、静夜さんと二人で波打ち際をあるきたかっただけなのにな。

 静夜さん、あんなにわたしのこと好きみたいだったのにわたしの勘違いだったのか。

 あれ? でも先輩がわたしのこと好きじゃないんだったら告白し放題プランに加入したってことじゃない?

 明日から好きって言い放題じゃん。やったあ。

 旭はその感情に名前をつけられなかったが、それは空元気と呼ばれるものだった。

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