第35話

 二時になり、腕章を外した旭は自分の教室に向かった。

「やってるかー?」

「旭! ゾンビ役やる気になったの?」

「なったよ」

「だよねー……え!? なったの?」

「今から三十分でメイクして。どこに出現するかはメイク中に打ち合わせよう」

「承知!」

「立看板に『美少女ゾンビが出るかも!?』ってコピー用紙に書いて付け足しておいて、わたしの休憩が終わる四時までの間だけ」

「自分で美少女言うのムカつくな。でもわかった、旭はこっちのカーテンの奥きて座って」

 言われるがままにカーテンの奥に座ると、そこは衣装替えスペースのようで、三年三組特殊メイク班の女子たちが待機していた。

「顔に縫い目模様描いていい?」

「いいよー」

「どこで出るかなんだけどさ、鬼火の演出の後にパリンッていう効果音を流すから、お客さんが振り返ったところを背後から近づいて、あーうー言ってくれたらそれでいいから」

「旭カーディガン脱いで、左袖だけ捲くって。縫い跡描くから」

 早見の言葉におとなしく従う。

「はーい」

 旭がメイクされながらもそもそ静夜のカーディガンを脱いでいると、メイク班の早見が言った。

「旭タイツも脱いで、確か左太ももに縫い跡の『メイク』あるでしょ」

「うえっあんたそれ言っちゃう!? てか友達の縫い跡把握してんの怖」

「普通友達に縫い目はないんだよな」

「えーん正論で殴るのやめて」

「旭顔動かさないで、そのきれいな顔を今めちゃくちゃにしてるんだから」

「進行形なの笑う」

「こんなにきれいなゾンビ、うちの会長くらいだろうなあ」

「旭、髪に血糊っぽいスプレーかけていい? お湯で落ちるやつ」

「いいよ、休憩上がったら三年三組の宣伝しつつ歩くから。カーディガンは着るけどね」

「助かる!」

「はいゾンビ旭の出来上がり!」

 タイツを脱ぐのを一旦やめて鏡を見ると、そこには顔の半面が焼けただれたようになっている自分が居た。

「くっそーこんなメイクしても可愛いの腹立つなー」

「ごめんね美少女で」

「さあスタンバって! 次のお客さんから行くよー」

「タイツまだ脱いでない、まって」

「早見、さっさと脱がせ」

 クラスメイトは非情である。

「ご無体な!」

 早見は旭のタイツを引き剥がし、無理やり立たせた。絶対パンツ見えてたでしょ今。

「立派なゾンビの出来上がり!」

 衣装スペースから出た旭は、パリンという効果音と同時に通路に姿を現した。裸足で、ゆっくり、ぺたぺたと、前を歩く人の後を追う。

「待、って、置い、て、行かない、で」

 右手を前に伸ばし、目を見開いてなるべく掠れた声でそう言うと、とんでもない悲鳴を上げてダッシュで客のカップルが逃げていった。

 暗幕の隙間から覗いた早見と目を合わせる。

「やりすぎた?」

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