第31話
旭が夜の内に書類仕事を終わらせてくるので、段々周りが旭のことを頼りだした。
頼られるのが嫌いではないし効率を考えると自分がやった方が早いと判断した旭は断らないので、どんどん旭の机に書類が積み重なってゆく。積み重なった書類を旭は断らずに持ち帰り、完璧に仕上げて持ってくる。
それが三日ほど続き、どんどん旭の書類が増えていった。
これはしばらく木村研には行けないなあ。
実行委員が皆帰ったあとの会議室で一人、目の前で軽く山になっている申請書やらなにやらを眺めて、旭は一息ついた。
静夜に言われたこともあるのでなるべく断りたいのだが、頼まれると否とは言えない。
そのとき、いつの間に会議室に入ってきたのか隣に静夜が座った。
「手伝います」
「え゛っ」
「何か文句でもありますか?」
「いえ、静夜さんならありがたいです!」
「山を半分寄越してください」
「ありがとうございます」
適当に書類の山をひっつかんで静夜にわたす。
そのとき、突然旭の頭が自分の机に落下した。身体も脱力してしまっている。
「三峰さん? 大丈夫ですか?」
かろうじて頭を静夜の方に向ける。
「おかしいですね、意識ははっきりしているのに身体が上手に動かないです」
「きっと過労ですよ。だから言ったのに」
「ゾンビって過労になるんですか!? ああでも、書類、わたしがやらなきゃ」
「三峰さん、それは傲慢です。あなたしかできない書類はこの山の中で数枚程度なんですよ。それを全部引き受けようとするからこうなるんです。もっと優秀になりたいなら人を使うことを覚えることです」
「傲慢……」
その言葉に少しショックを受けた。まだわたしは傲慢だったのか。加えて、もっと優秀になれるという言葉にもちょっと引っかかった。自分は完璧じゃなかったのだという部分で。そこも傲慢なのだろうけれど。
「そこで傲慢を反省しながら少し休んでいてください。僕が書類を少しやっておきますから」
「はい……」
「明日には書類をちゃんともとの管轄に戻します。異論は認めません」
「はいぃ……」
「よろしい」
それから旭が動けるようになるまで静夜は隣で静かに書類仕事をしていた。
旭はそれをただ見ていた。
ああ、なんだか今幸せかも。
静夜の筆圧の強いシャープペンの音が響くだけの、静かな静かな会議室は、まるで世界で二人きりになったような錯覚を引き起こした。
ねえ静夜さん、もしも世界で二人きりになったら何をしましょうか。
約束した海にでも行きたいですね。
静かで、心地がよくて、何の不安も心配も要らない世界だったらいいですね。
二人で死ぬまで話がしたい。
あなたが過ごしたあなたの部屋で、もし許されるなら床に寝転んで、
そうして話をしてみたい。
なんて。
なんて、きっと叶わない夢。
わたしの恋がどう転んでも、叶わない夢。
「三峰さん、一時間くらい経ちましたけど、起き上がれますか?」
いつの間にか目を瞑っていたようだ。目を開けて、ぱちぱちと瞬きをする。
「えっ、もうそんなに経ちました?」
旭はゆっくりと上体を起こした。
「起きれました」
「立てますか?」
旭はゆっくりと立ち上がった。
手を握っては開き、握っては開きを繰り返す。
「大丈夫みたいです」
「じゃあ帰りましょうか」
その時、どくんと心臓と脳が大きく高鳴った。
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