第23話
「あれ、三峰さん」
名を呼ばれて反射でぱっと顔を上げる。
「こんにちは、静夜さん」
「そうか、テスト期間だからこの時間に居るんですね」
「はい。勉強してます」
「勉強するのは良いことですね。偉いです」
「わー、褒められた。嬉しいです」
「一位は狙うんですか?」
「え、どうだろう……まあ無理ではないとは思いますけれど」
「一位取れたらまたどこかへ行きますか?」
「はい、絶対一位穫りますね」
「会話が成り立っていないですね。あなたはいつもケアレスミスで点数を零していますから、気をつけてください」
旭に火がついた。
家に帰ってきて制服を着替えた旭は、丁度起きてきた父に向かって宣言した。
「お父さん、わたし今日から気合い入れて勉強するから」
「いつも頑張ってるじゃないか」
「一位取るわ」
「そ、そうか。頑張り過ぎないようにな」
「大丈夫、わたし今最強だから」
「今日の学校でなにか良いことでもあったの?」
「えっ? あー、うん、あった。楽しみが増えたの」
「それは良かったね」
「うん」
夜パズルをしていた時間も勉強に費やし、一日の内大半を勉強して過ごした旭は、少し気分転換をしたくなって外出をすることにした。コンビニにコーヒー牛乳を買いに行こう。
キャップを被って旭はハイカットのスニーカーを履いた。執筆中であろう父の邪魔をしないようにそうっと家のドアを開けて外に出た。
自律神経が死んでいる旭でもわかるような生ぬるい風が吹いていた。
それがどこか心地よく、深夜の背徳感も相まって気分が良かった。好きな曲を軽く口ずさみながら十分先のコンビニへと向かう。
帰ってきて、お釣りに五百円玉があったことにちょっとした嬉しさを感じつつ自分の部屋へと帰る。
これからもちょくちょく深夜の散歩はしていこう、と思った。
「は? 深夜二時?」
旭は単語帳を読みながら生田に深夜の散歩について話していた。
「うん。人も誰も歩いてなくて快適だったよ」
「えっ危ないだろ。やめろよ」
思っていた反応と違って旭はびっくりした。
「えっ大丈夫だよ?」
「何の根拠があって言ってんだよ。お前見た目は良いんだから本当にやめとけ」
「見た目はって何」
「そこつっかかんなよ。とにかく危機感が足りてなさすぎ」
「ちゃんと気をつけてるもん」
「気をつけてる人間は深夜に外出しない」
「平気だってば」
「平気じゃない。黙って言うこと聞いとけ」
「最近夜も睡眠時間減らして勉強してるんだよ。息抜きくらいさせてよ」
「論点がずれてる」
生田がイライラしているのを見て旭もむっとした。
旭としてはちょっとした楽しい話題を提供したつもりだったので、この流れは予想外で不本意だった。
「わたしやめないから」
「心配して言ってんのがわかんねえのかよ?」
「それはわかるけどわたしそんな変人に捕まるような間抜けしないもん」
「いやお前はそういうのに引っかかる顔してるから」
「もういい、席戻る」
「おい、旭!」
その呼びかけには返事をしなかった。
「――ということがありまして」
木村研で勉強をしながら管を巻いていたら、静夜さんが反応した。
「それは生田くんが正しいですね」
「えっ」
旭は顔を上げた。静夜さんの方を見る。
「三峰さんが間違ってます」
「ど、ど、どこがですか? わたしのどこが悪いんですか?」
「悪くないけど間違ってます。死なないからといって危機感を失ってはいけません」
「でも」
何があっても死なないのに。
「死ぬ以外にも怖いことはたくさんあるんですよ」
「……でも、本当に息が詰まるんですよ、眠れないで勉強するの」
「そこを推し量ることは僕にはできないですね。ですが、自ら危ないことに身を投じるのはお勧めしません」
いつもならすんなり納得する静夜の言葉に、旭は頷くことができなかった。深夜の開放感と清涼感は旭の常に感じる生きづらさを楽にしてくれるものだったからだ。
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