第21話

 さて、中間テスト前になぜ配置したのかわからないが、この学園には読書週間なるものが存在している。

 一冊なんでもいいから本を選び、原稿用紙五枚から十枚感想文を書き提出するのだ。

 何の本にするか迷った旭は、とりあえずドグラ・マグラを大学図書館から借りて生徒会業務の合間に読むことにした。

「旭さん、何読んでるんですか?」

 一年の子に質問されて、

「うーん、君にはまだちょっと早いかもね」

 そう答えると、偶々旭に用事があって生徒会室に来ていた静夜が白けた口調で口を挟んだ。

「早いかどうかはあなたが決めることではありませんね」

 心臓(動いていない)が止まりかける。もしかしたら嫌われたかもしれない。傲慢な発言だと思われたかも。

 焦りながらも「そうですね」と冷静を装って返し、本のあらすじを説明する。大体四百文字程度でまとめたが、一年は「やっぱり分かりませんでした! 旭さんも月岡さんもすごいですね」と返してくれた。


 しかし旭はドグラ・マグラを書くのをやめて、フランケンシュタインとその怪物をメインに据えて描かれているゾンビものに手を出すことにした。多分この世でわたしが一番共感できるもの。

 結果としては学内一位、都道府県のコンクールでも金賞を受賞した。でも静夜に嫌われたかもしれないという思いがずっしりと肩にかかっていて、恐怖のあまり木村研の前で立ち尽くしてしまった。ここ数日もコンクールの授賞式やらなんやらで来られていなかった。ああ、今後は人に対する傲慢な態度を改めることにしよう、と決意した。

 ぽん、と肩に手を置かれる。

「三峰さん」

「ひゃああ」

 背後から旭の名を呼んだのは好きな人だった。

「何してるんですか、こんなところで」

「ちょ、ちょっと精神を整えていました」

「相変わらず不可思議な人ですね。ところで、コンクール受賞おめでとうございます。すごいですね」

「あっ、ありがとうございます」

 褒められた。嬉しい。

「ご褒美は何が良いですか?」

「え?」

「前回は僕が選んでしまったので」

「あっ、えっ、その、行きつけの喫茶店があるので、そこに是非!」

「わかりました。今週の土曜はいかがですか?」

「はい! 空いてます!」

「じゃあ、そういうことで」

 静夜は旭を追い越して木村研のドアを開けた。


 先輩がメイクに気づいてくれると前回のときに知った旭は、前回とは違うメイクを施して家を出た。

「三峰さん、また顔が違いますね」

「メイクが違いますよ、と言っていたら百点ですね」

「精進します」

 あ、精進してくれるんだ。

 意外に思いつつ、旭のヒールを履いた遅い足に合わせて二人で喫茶店に向かった。老夫婦でやっているこぢんまりした店である。氷鷹の細道、というともすれば気づかない程度の小さい看板が住宅街の真ん中にあった。名前の通り、苔むした飛び石のある細道を辿っていくと、その最奥に喫茶店の入口があった。扉をわたしが開いて、静夜を先に通す。内装も凝っていて、隠れ家的なお店だった。

「いらっしゃいませ。お二人……あら、旭ちゃん」

「こんにちは。今日は学校の先輩を連れてきました」

「まあまあ。ゆっくりしていってくださいね」

 わたしはアールグレイを、先輩はコロンビアを注文した。先輩がお手洗いに中座したときに、こそっと奥さんが聞いてきた。

「彼氏さん?」

「とととととんでもないです」

「彼氏さんになって欲しい人なのね」

「はあ……まあ、なって欲しいのは確かなんですけど」

 報われたら死んじゃうしなあ。でも先輩なんか既にわたしのこと好きっぽくない? 距離を取るべきなんだろうか。いやそんなことしたら寂しくてわたしが死んじゃう。どっちにしろ死ぬんじゃねーか。馬鹿旭。

 旭が難しい顔をしていると、静夜が帰ってきた。奥さんはすっと気配を消してどこかへ消えた。

 コーヒーを静夜が一口飲んだ。

「美味しいですねこの店。もっと早くに知りたかったな」

「見つけるのが大変ですからね」

「そうですね。秘密の店って感じですね」

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