第19話

 さて体育祭の代休の日、普段はしていないメイクをばっちり決めて家を出ると、家の門の前には既に静夜が立っていた。

「お待たせしました」

「いえ。それより、今日は顔がいつもと違いますね」

「メイクが似合ってますねって言ってたら完璧でしたよ」

「残念ながら僕は不完全なので」

「まあ完璧な人間なんていませんしね。求めるのも間違ってました」

 しばらく歩いて駅前まで着くと、静夜が口を開いた。

「ところで三峰さん、黒い服を着ていると蜂に狙われますよ」

 今日の旭の服装は黒のワンピースであった。

「でも静夜さん、ここは町中ですし蜂は居ないんじゃないでしょうか?」

「分かりませんよ。ほら、あそこにいる人間の群れ」

 静夜は楽しそうにタピオカ屋に並んでいる大学生くらいの女性の群れを指差した。指差すのはどうかと思った。

「あれらが、蜂の擬態化した姿かもしれない」

「なるほど、気をつけます」

「だからあなたがゾンビでも化け物でも僕はそんなに気にしませんよ」

 息が詰まった。

 ねえこの人どれだけわたしを好きにさせれば気が済むの?

「喫茶店の前に本屋に寄ってもいいですか?」

 静夜の言葉に旭はもちろんと答えた。

 その後、大きめの書店に移動して、静夜のおすすめの本を紹介してもらうことになった。先輩は一冊の文庫本を手に取り、これは面白いですよと教えてくれた。しかし高校生のお小遣いでギリギリ生きているわたしにとってはちょっと手持ちが足りなかったので、ISBNコードだけ写真を撮って棚に戻そうとした。

「何をしているんですか?」

 静夜に問われて答えた。

「ああ、ちょっと今手持ちがなかったので今度買おうと思って写真を」

「なんだ、じゃあ買ってあげます」

「え?」

 静夜はわたしの手からひょいっと文庫本を取り上げた。

 何が起こった?

「せ、静夜さん、そんなことをしていただくわけには」

「あとは上の階に移動しましょうか」

「話を聞いてください静夜さん」

 この本は読んだことがありますか? いいえありません。 じゃあ買いましょう。

 そんなやりとりを五回ほど繰り返して結構な額の書籍を静夜は旭に買ってくれた。もう頭の中がぐるぐるになっていたわたしは「静夜さん、静夜さん、わたしはどうやってこの御恩をお返しすればよいのですか」と尋ねると、静夜はただ「お勉強してね」とだけ答えて颯爽と歩き出した。

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