第18話

 夜の退屈を紛らわすために、わたしはウユニ塩湖の絵柄のパズルを始めた。父がわたしのことを心配しているのがひしひしと伝わってきていて、でも死ぬことだけはないから大丈夫! とそれだけしか言えないのがもどかしかった。

 静夜さんに電話でもしてみようか、と思い立ったのはウユニ塩湖のパズルが半分ほど埋まった頃だった。

 退屈は間違いなく紛れるだろうが、静夜さんの睡眠や勉強の邪魔をしたらどうしよう。

 ワンコールだけかけてみようか。

 緊張で震える手で連絡先を開いて――そして結局かけられずに終わった。連絡帳に月岡静夜の名前があるだけで満足してしまった。


 そして体育祭当日。

 体育祭実行本部までスポーツドリンクを差し入れついでに応援に来てくれた静夜さんに、わたしはひとつ提案をすることにした。

「何らかの競技で一位を取ったらわたしとお茶しに行きませんか」

「そうですね、良いですよ」

「言いましたね!? 聞きましたからね!?」

「地獄の果てまで行くわけじゃなし」

「わたしにとっては天国の入口です」

 百メートル走、クラス対抗リレー、騎馬戦など競技が順調に終わっていく。

 皆が昼食休憩を取っている間、わたしは借り人競争のために無駄に身体をぐっぐっと伸縮させていた。

 一人だけスタート地点でスタンバイ状態。

 だってこれに勝てば先輩と出かけられるんだよ? 本気出すしかないじゃん。

「会長、スタンバイが早すぎます」

「大丈夫、フライングはしないから」

「そういう問題ではなく」

「絶対一位取ってやっかんな、会長の意地見てろよ生徒共」

「キャラ変わってますけど」

 そうこうしている内にわらわらと他の選手たちが集まってきた。

「会長気合入ってんね」

「そりゃね」

「また前会長絡み?」

「まあね!」

『体育祭、午後の部が始まります。レクリエーション参加の選手は指定の位置に移動してください』

「それじゃあスタート位置についてくださーい」

 競技責任者に指示されて旭は四番レーンについた。

「よーい――」

 パン、と空砲が鳴ると共に旭は飛び出した。借り人の情報が書かれている紙が置かれている長机に到達し、その中の一枚をひっつかむ。

【昨年度一番お世話になった人】

 こんなの一人しかいねえ!

 体育祭本部の方を見るも、その姿は既に消えていた。

「静夜さああんどこですかー!!」

 叫びながら保護者席を走り回る。

「ちょっと三峰さん、目立つからやめてください」

 いた!

 わたしは静夜さんの手首を掴んでレーンに飛び出した。

「ゴールまで行きますよ!」

「えっと、お題はなんだったんですか」

「昨年度一番お世話になった人です!」

「ああ、なるほど……」

 先輩は引っ張られるままにペースを合わせて走ってくれた。息切れなどは無かったがあと少しでゴールというところで左膝がもげた。

「嘘だろ!」

「現実ですよ。他の人にバレないうちに早くくっつけてください」

 幸いにして長い方のジャージだったのであまり目立ちはしなかった。ジャージをまくって膝を接着して、屈伸して動作確認をして大丈夫そうだったので再び走り出す。

 差し出された手に手を乗せて、あれ、さっきまでわたしもしかして自然と先輩と手を繋いでいた? と自覚してかあっと顔に血が上る。ゾンビなので顔色は変わらないが。

 結果は二位だった。

「ああああああ、悔っやしいい、この身体がゾンビじゃなければ一位だったのにぃい」

 ぐずぐずと地面に崩れ落ちる。

「一位、取れなかった……」

 落ち込んでいる旭を見かねたのか、先輩はぼそっと呟いた。

「三峰さんは頑張って走っていたのでお茶にでも行きますか」

「え……」

「嫌ならいいですけど」

「嫌なわけないじゃないですか」

 好きが口からまろびでそうになっただけだ。

「じゃあ、詳しいことはまた今度」

 二位の席から静夜さんが立ち去る。

「よかったね会長」

 旭の静夜に対する好意は少しでも接したことのある人間であればわかってしまうようなものだったので、隣の一位席に座っていた図書委員長がこそっとそう言った。

「良かったよ……本当に……レクリエーション出てよかった」

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