第11話 うるせえコンビニ行かせんぞ
静夜さんの家は旭の家より学校に近い。にもかかわらず、彼はいつも家の前まで送ってくれた。初等部の頃、父にサインをもらいに来て以来毎日彼は旭を家まで送ってくれるのが習慣になっている。
玄関の門をくぐって、家の扉に手をかける。
「それじゃあ今日もありがとうございました。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
家に入ると、高等部一年の弟、晴日がバタバタと足音を立てて出迎えてくれた。
「姉ちゃん晩ごはんハンバーグだよ!」
「おかえりなさいはどうした。ただいま。うーん食欲ないな」
「食欲ないの? なんで?」
「……ダイエット、始めたんだよね」
「え? そんな太ってなくない? 姉ちゃん。むしろ細いと思うけど、俺が本気出したら折れそう」
「女子は複雑なの」
「つーか何で急にダイエット? 夕食抜くって相当じゃない?」
「あー、聞きたい?」
「まあ一応」
旭は少し迷って、しかし旭が使った黒魔術の本は自室に隠してあるので見つからないはず。適当な理由をつけた。
「好きな人に好きになってもらうためかな」
「ごめん聞いてもわかんなかったわ」
「理解力に欠ける弟だな」
「説明力に欠ける姉だな」
「コンビニ行くか?」
財布を見せる。
我が家からコンビニまでは徒歩十分という絶妙に面倒な距離があった。
「すいませんお姉さま」
「よろしい」
「あれ? つまり姉ちゃんのハンバーグ俺が食べていいってこと?」
「いいよ。お母さーん、わたし明日から晩ご飯いらない」
喜んでリビングに入る成長期の弟を追いかけ、旭はソファにかばんを放った。そのまま自分もソファに倒れ伏した。その拍子に右腕がごろんと落ちた。あぶねえ! 急いで右腕を回収し肘にくっつける。
「姉ちゃんほんとに食べていいの?」
晴日が振り返るすんでのところで接着できた。
「いいよー」
「食欲がないの?」
母に聞かれて、否、と首を振る。
「ううん、ただのダイエット」
母は心配そうに旭を見た。
「大丈夫? 成長期の無理なダイエットは身体に悪いのよ」
「死なないから大丈夫」
「必要な栄養素があるのよ? あなた胸が無いとか騒いでたじゃない、ダイエットしたら胸も大きくならないわよ」
「そういうの晴日の前で言わないでくれる!?」
「姉ちゃんの胸が無いのなんて見たらわかるって」
「おいコンビニまでアイス買いに行ってこい」
「なんで急にダイエットなんか?」
母の問いに、旭は黙秘権を行使した。
「恥ずかしいから言わない」
旗色が悪くなってきたので旭は立ち上がった。
「静夜さんに関すること?」
母親の言葉でわたしは躓いた。
「な゛、なななんで!?」
「あー姉ちゃんの彼氏?」
「そんな関係じゃありません。訂正しなさい」
「だって毎日一緒に帰ってきてるじゃん」
「それでも違うの。送ってくれるのは静夜さんが優しいだけなの。あの人の彼女になんかなれるはずないの、わたしが」
ぽそぽそと呟いた。なりたいけどなったら死ぬし。
「あの人、今勉強以外に興味ないんだから」
「姉ちゃんめんどくせえ」
「うるっせえなしばくぞ」
「生徒会長のDVだ、新聞部にネタ提供してやる」
それにこの恋は成就させたらいけない恋だ。静夜さんがわたしに興味を持ってもらったら困るのだ。――って一人のときなら思えるんだけどな。静夜さんに会うと好きって言葉が欲しくなっちゃうんだよな。
「お風呂入ってくる」
そう言ってむくりと起き上がった。
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