第10話 ぴぴぴ、センサー
放課後、生徒会業務に一区切りつけた旭は大学のキャンパス内にある木村研へと足を運んだ。
扉に手をかけ、中に先輩がいるかどうかを考える。シュレディンガーの静夜さん。いま静夜さんは重ね合わせの状態にあった。
えい、と扉を開くとそこには生きた静夜さんが椅子に座って本を読んでいた。旭は毎日シュレディンガーの静夜さんをやっていた。いまのところ全戦全勝である。静夜さんに対してのみセンサーがついているのだ。
「お疲れさまです」
数人居るゼミ生と木村教授、静夜さんに挨拶をする。
「こんな時間まで生徒会業務してたんか?」
教授に問われる。今は十九時をすこし過ぎたところ。
「体育祭前なので少し忙しいんですよ」
「器用にほどほどにやりや。上手いこと人使ってな」
「ありがとうございます」
静夜さんと旭は家が近いので帰るときはだいたい一緒だった。だから帰りが遅くなってもあまり気にしていなかった。
「コーヒー淹れますけど、飲む方いますか?」
合計六人手を上げた。自分を含めて七人分のお湯を電気ポットで沸かして、インスタントの粉をマグカップやタンブラーに淹れていく。
お盆に乗せて、コーヒーを配っていく。ミルクの数もゼミ生ごとに記憶しているので、適宜お盆から各自取っていってもらった。
最後に自分の席(静夜さんの隣)に戻り、コーヒーを置く。旭はブラック党だった。
「そういえば今日、交通事故に遭ったんですよ」
「怪我とかは?」
「ありますけど大したことはありません。歩けます」
「事故に遭ったって、どんな感じだった?」
ゼミ生の一人、ホラー映画サークルに入っている山口さんがそう言った。
「えー、感想を言わなくちゃいけないんですか? 嫌です」
「何でさ」
「なんとなくです」
「宿題代わりにやってあげるから」
「自分でやらなきゃ宿題の意味ないじゃないですか」
「そういえばこいつ生徒会長だった、畜生」
「品行方正と書いて三峰旭と読むのです」
ということで今日の課題をやりますね、と宣言して旭はスクールバッグから英語のワークを取り出した。
ワークも終わり、コーヒーを飲みながら黙々と予習をやっていると、隣の静夜さんがぱたんと本を閉じた。時刻は二十時半になっていた。
「そろそろ帰りましょうか、三峰さん」
「そうですね」
数学のワークを閉じて、スクールバッグにしまう。筆箱も入れて、立ち上がった。
「お疲れさまでした」
「お先に失礼しまーす」
挨拶をして木村研を出る。廊下の電気は消されていた。最近は節電の影響で旭たちが帰る頃にはあちこち真っ暗だ。
「お化け屋敷みたいですね」
「ゾンビも居ますしね」
静夜さんと二人でお化け屋敷に行くことができたら楽しそう。いつか誘ってみたいなあ。
「そういえば、今日あった小テスト、満点でした」
「すごいですね。偉いです」
「えへへ」
頬が緩んだ。
「あとあのー、静夜さん」
「なんですか」
「わたしがゾンビになったことで、静夜さんはわたしのことを嫌いになったりしませんよね?」
「しませんよ、それくらいのことで」
「良かった」
心の底から安堵した。ゾンビになるという突拍子もないことを「それくらい」と言い切ってくれる静夜さんのとんでもない価値観が途方もなく嬉しかった。あと嫌いじゃないという言質が取れた。
先輩の一番に近づいた。
しかし――。
旭は前を歩く先輩を見て思った。
この人、やっぱり変人だなあ。
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