第7話 少女じゃいられない

 シャワーから上がった旭は血糊がすべて流れてきれいになった身体にオーバーサイズのパーカーとスキニージーンズを纏った。ドライヤーで長い髪を内側から乾かして、ツインテールにしてからヘアアイロンで巻く。

 制服を大きめの紙袋に突っ込んで、クリーニングに出すために家を出る。そのまま登校するつもりだったのでスクールバッグも肩にかけた。

 クリーニング屋は通学路の途中にあるため都合が良かった。

「あれ、三峰さん?」

 背後から世界で一番愛しい声がした。

 ぱっと振り返って返事をする。

「静夜さん」

 旭の今日が始まった。

「こんな時間に会うなんて珍しいですね。サボりですか?」

「わたしがサボるような人に見えますか?」

「生徒会時代、時折上手にサボってましたよね」

「否めませんけど」

「どうしてこんな時間に?」

「朝、交通事故に遭ってしまって」

「怪我は?」

「ありません」

 嘘です。後ろめたくて視線を逸らす。

「一生分の幸運使い切ったみたいですね」

「そうですね」

 旭は複雑な気持ちで答えた。どちらかと言えば悪運なのである。いや、あの呪文を使ってしまった時点で旭は死か永遠の命かの二択を迫られてしまっているのだが。

「これから登校ですか?」

「クリーニング屋さんに寄ってからになりますけど」

「じゃあ一緒に行きましょうか。僕は三限からで余裕がありますし」

「是非!」


 制服をクリーニングに出した後、旭は静夜と並んで通学路を歩いた。静夜はいつも一人だったので、静夜の隣を歩くのは旭くらいだった。それが旭の独占欲を適度に満たしてくれていた。

「怪我は本当にしなかったのですか?」

「してないみたいですねえ」

 嘘をつくのが心苦しくて明後日の方向を向いて歩いていた旭は、側溝に引っかかって無様に転んだ。

「うわっ」

 思わず利き手の右手をついて体勢を整えようとしたが、右腕がもげて転がった。そのまま旭の身体はアスファルトに叩きつけられる。

 やべえ。

 永遠にも思える静寂が訪れた。

 ちら、と静夜の顔を伺う。真顔。何の情報も得られない。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。なんて思われるかな。拒絶されるかな。最悪通報とかされちゃうかも。見間違いだと思ってくれないかな――。

「三峰さん」

 静夜の静かな声がいやに鮮明に聞こえた。

「――はい」

「その右腕について、正直に話してもらっていいですか?」

「うっ……はいぃ……」

 即バレ――。ごめんなさいお父さん。

 旭は右腕を接着しつつ、昨日から今日にかけてあったことを、おまじないの内容だけ省いて正直に話した。

「親御さんや学校には知らせましたか?」

「理解がありそうだったので父親には一応伝えました。学校には事故に遭ったこと以外は知らせていません。母と弟にも隠すつもりです」

「まあそれが妥当ですね」

「っていうか、静夜さんは信じてくれるんですか? 通報とかしないんですか?」

 父よりも早く順応している静夜に問いをぶつける。

「僕の家にも昔古本屋で買った黒魔術書があるんですよ。オカルトに興味があって。まさか信じて実行する人間が居るとは思いませんでしたが。しかも効くとは思いませんでしたが。顔に出ていないだけで結構困惑もしていますが」

「実は初等部の頃に一度実験しているんです。死者蘇生を猫に試しました」

「あなたは自分の寿命を何だと思っているんですか?」

「すみませ……ん? なんで対価が寿命だと識っているんですか?」

「僕の持っている黒魔術書にもその項目があったからですよ。違う術式でなければ、あなたは自分の寿命を半分差し出したのではないですか?」

「そうです、そのとおりです」

「もうしないように」

「はい」

 先輩はゾンビに興味があるようで、いくつか質問をしてきた。

「血は流れないんですか?」

「流れないみたいですね。凝固しているんでしょうか。でもそれにしては皮膚を押してみても柔らかいんですけど」

「死後硬直は……死んでないからしないのかな。現実離れした存在になったものですね」

「そうですね。ハロウィンにはまだ早いですよね。あ、わたし今年のハロウィンもしかしたら何もしなくても仮装とみなされるのでは?」

「それ、つまらないんじゃないですか?」

「まあ、そうですね。腕の一本でももいでおきますか?」

「軽率に腕をもごうとするのをやめなさい。秘匿すると約束したんでしょう」

「そうでした。すみません」

 高等部の校舎の校門に着いた。

「じゃあ、ここで。くれぐれも不必要なときに腕をもがないように」

「わかりました、指とかにしておきますね」

「何もわかっていないことがわかりました」

 ひとつため息を落として、静夜さんはキャンパスへと向かった。

 わたしは昇降口へと足を向けた。

 怖くて聞けなかった。

 ゾンビになったわたしを嫌いになったかどうか。

 放課後、木村研に行ったときにでも確認しよう、と思った。

 当面の目標はこれ以上ゾンビバレしないことだな。よし。

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