第6話 父親としては驚愕を禁じえない
奇跡的に誰ともすれ違わずに着いた家の鍵を開けてローファーを脱ぐ。自室から着替えを持ってきて台所の横を通り過ぎる。
「旭? 忘れ物かい?」
リビングから父の声がした。この時間帯、母は既に仕事に行っている。
「いや、交通事故に遭ったから一旦帰ってきた。あとゾンビになったみたい」
「交通事故? 怪我はしてない? 相手は? あとゾンビって何?」
「轢き逃げされたからわからない。けどどうでもいいや、動けるし」
父が廊下にやってきた。歩くと乾燥した血液がパリパリと音を立てた。
「血まみれじゃないか! 何を平然としているんだ!? 早く救急車を呼ばなくちゃ」
父は持っていたマグカップを取り落して旭に駆け寄った。
「待って待ってお父さん、大丈夫だから」
「大丈夫なわけないだろう。左脚も傷ついているじゃないか。病院に行こう、さあ、とりあえず横になって」
「聞いて聞いてお父さん、わたしゾンビになったから大丈夫なの」
「ゾンビ? 頭も打ったのか」
「ちーがーいーまーすー。黒魔術を使ったの!」
黒魔術と聞いて父がようやく聞く耳をもってくれた。
「書庫にあるやつかい?」
「そう。あれの【絶対に願い事が叶う呪文】を使ってゾンビになったの」
「本物だったのか︙︙?」
「そうだよ。こんなすぐバレる嘘つくわけないでしょ。救急車呼んでゾンビだってバレたら解剖されちゃうかもしれないから、呼んじゃだめ」
「証拠は?」
旭は制服のブレザーを脱いでブラウスの袖を二の腕まで捲り、右前腕部を取り外して再接着して見せた。
「ね? 痛くもなんとも無いよ」
父は口に手を当てて息を呑んだ。顔面蒼白である。もしかしたら少し刺激が強かったのかもしれない。心配になって声をかける。
「お父さん大丈夫?」
「うーん。かろうじて大丈夫︙︙だけど、他の人はきっと大丈夫じゃないから、誰にも言ってはいけないよ。家族にすらも気づかれてはいけない。お父さんと旭だけの秘密にしようね」
「わかった」
「あと、安易にオカルトに手を出さないこと」
「うっ」
旭はうつむいた。昔猫を生き返らせたことについては黙っておこうと思った。
「ごめんなさい︙︙」
「反省してるならもう使わないように。あと、その成就したら死ぬおまじないの条件は?」
「そ、それは」
言いたくなかった。何が悲しくて七年来の拗らせた初恋を父親にバラさなければいけないのか。
「ひみつ……」
「旭」
「秘密! これは言いたくないの」
「旭」
「これだけはお父さんにも言えないよ!」
「……そうか。でも、いつかは話してもらうからね」
「…………えぇうぅ」
父には曖昧な擬音を残したまま、旭は風呂場へ向かった。
静夜さんはゾンビになったわたしのことをどう思うだろう。
さっきは驚くかなとそればかりだったが、嫌いになってしまわれたらどうしよう。
案外普通に受け入れてくれそうな気もするし、完全に拒否される気もする。
後者だった場合怖いので決して彼だけにはバレないようにしなければ。根本的な解決にはならないけれど。
熱いお湯を浴びながらそれだけ思った。
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