第5話 思い残すことは何にも――ありすぎて困る!

 一瞬意識を失っていたらしい。地面に転がり、横向きになりながら流れ行く血溜まりを見て、ああわたしは死ぬのかな、とやけに明瞭にそう思った。まあ思い残すことは――いやめちゃくちゃあるけど。ふざけんな。先輩にまだ好きって言ってもらってないじゃん。

 そう思った途端に活力が湧いてきた。地面に右手をついて起き上がろうとすると右手の肘から先がもげた。使えない右腕め。左手をついて起き上がり、右前腕部を肘にくっつける。変な方向に曲がっている脚を無理やり戻し、立ち上がる。人体解剖学の本を読んだことがあって良かった。多分正しい方向に接着できている。


 あたりを見渡すも車はどこにも居なかった。轢き逃げかよ。血溜まりの中で立ち尽くす。痛みはどこにも感じない。無理やりくっつけた右腕も動く。握っては放しを繰り返すも支障はない。気づいたら血も流れていなかった。

 ああ、わたし、たぶんあの呪文のせいで先輩と結ばれるまで死なない身体になっちゃったんだ。わたしゾンビになっちゃった。やっぱ黒魔術効いてんじゃん。わかりづらいなあ。

 静夜さんに驚かれちゃうかな。

 このまま立っていても仕方がないので自宅へ引き返す。

 スクールバッグに入れていたため奇跡的に無事だった携帯で学校に交通事故に遭った旨を連絡する。今日は遅刻します、と言うと休めと言われたが静夜の顔を拝むまでは旭の一日は始まらないし終わらない。

 せっかく朝早く起きて巻いている髪に血糊がべったりついている。帰ってシャワーを浴びないとな。

 昨日効果があるとわかっている黒魔術を行っていたので自分がゾンビになったことに対して特別な感情は抱かなかった。しかし、一点。


 ――確か、成就したら代償として術者が死ぬんだよな、あの儀式。


 まあ想いが報われて死ぬならいっか。

 いやでも、告白して報われるためにギリギリのところで踏みとどまったのに上手く行ったら死ぬんじゃん。

 困ったな。

 旭はその明晰な思考回路に電気信号を送る。

 そもそも旭は先輩と結ばれてどうしたいのだろうか。

 とりあえず帰路を辿りながら旭は考えた。

 結婚したい? できるならしたいけど別にしなくてもいい。

 付き合いたい? 付き合いたい。

 付き合いたいのはどうして? 一番側にいたいから。

 だとしたら告白して成就しなくても一番側にいる存在になれれば旭の目的は達せられるのではないか。

 あわよくば一番の目的である先輩を看取ることができるのではないか。

 てくてくと歩きながら旭は解を出す。

 つまり、先輩に恋愛感情を抱かれないように、最も近い存在になることが旭の目標となる。

 それなら割と簡単だ、先輩はいままで観測してきた人類の中で最も恋愛から遠い存在だったから。悲しいことに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る