第4話 突然の車

 ――四月第三週。季節はゴールデン・ウィークに差し掛かろうとしている今日この頃。十七歳、高等部三年になって生徒会長に就任した三峰旭は、相も変わらず月岡静夜に恋をしていた。かれこれ七年になる旭の初恋は拗れに拗れ切っていた。もうその恋情は筆舌に尽くしがたく、日を増すごとに重くなり、今では静夜のことを看取りたいとまで想っていた。

 しかし、その感情が恋と呼べるのかどうか、最近の旭は少し自信を失くしていた。

 というのも、旭がしているのは恋ではなくて信仰なのではないか、という疑いがあるのだ。

 思い当たる節はいくつもある。

 例えば、そう、本当の旭を理解してくれるのは静夜だけだと思っているところとか。静夜に言われたことであれば何も疑わずに実行するところだったりとか。

 この信仰心を持ち続ける限り純度の高い恋はできない。極めて純度の高い恋を旭は望んでいた。それに憧れていた。

 あなたにちゃんと恋をするために、三峰旭は黒魔術を行います。

 初等部の頃に見つけたあの黒魔術書はまだ同じ棚にあった。目次を引いて、【何でも願いを叶える呪文】のページを開いた。呪文を唱え、願いを三回唱えると、何でも願いが叶うという。但し、成就した暁には術者は死んでしまうという代償があるけれど。

 静夜さんに好きと言ってもらえたなら死んでもいい。七年経っても相変わらず旭は自分の寿命に対して頓着が無かった。

 旭は、その可憐な声で禍々しい呪文を唱えた。【先輩と結ばれるまで死にませんように】。

 一応覚悟していたが、やはり悪魔が現れるわけでもなくアニメみたいなエフェクトが発生するわけでもなく、旭がただ怪しげな呪文を高校三年生にもなって言い放っただけで終わった。まあ、呪文は効いているのだろう。七年前の猫のときも特別なエフェクトは無かったし。


 昨日から見て翌日の今日、今日からは意識を新たに静夜さんに接するぞ、と心に決めた。

 高等部の校舎と大学のキャンパスは少し離れたところにあるが、旭も静夜も哲学科の木村研究室に頻繁に出入りしているのでほぼ毎日顔を合わせるのだ。

 昨年度までは静夜が生徒会長で、旭が副会長をやっていた。副会長を二年が行うのは異例であったが、旭は素行の面でも成績の面でも優秀だったので誰からも認められていた。ただ唯一、髪色を派手なピンクアッシュに染めていることだけが指導対象であったが。

 旭と静夜は氷鷹学園の名物コンビであった。静夜が生徒会長をした次年度は必ず旭がそれを引き継ぐ。初等部も中等部もそうだった。

 ふわふわに巻いたピンク色のツインテールを揺らしながら、陽光差し掛かる通学路を歩く。

 しかしあの黒魔術、効いてるかどうかわかったらいいのになあ。

 なんて考えながら信号が青になったので、黒魔術書を読みながら横断歩道に差し掛かる。その時、信号無視した車が旭に突っ込んできた。

 直後、右半身に途轍もない衝撃が走った。

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