第3話 「ナァ」

 週末、課題をやり終えた旭は父の書庫に足を踏み入れた。好奇心旺盛な旭は様々な趣味に手を出していた。手芸、絵画、パズル、オカルト。中でもオカルトは読書が趣味の旭とは相性が良かった。両親の影響もあり、幼い頃から読書が好きだった旭は、外で遊ぶのが好きな弟の晴日とは違い、一日書庫にこもってきれいな装丁の本や惹かれるオカルトめいた本を読み漁るのがお気に入りだった。児童書作家の父の書庫にはオカルティックな本もたくさんあって、気軽に読める環境にあったことも要因の一つだろう。

「なにこれ」

 今日もはじめましての本がたくさんある中、旭が手にとったのは、何だか禍々しさを覚える魔法陣が描かれた装丁の本だった。開いてみると、黒魔術書の文字。黒魔術。興味を惹かれた旭はその本の目次を読んだ。死者蘇生。なんでも願い事が叶う呪文。使い魔の召喚。

 え、なにこれ。胡散臭いけど楽しそう。必要になったとき使ってみようかな。そんなことを思いながら旭はページを捲っていった。

 死者蘇生のページに目が止まった。

 そういえば昨日の帰り道、首輪のついた猫が車に轢かれて死んでいたなと思い出し、好奇心からその本を持ち出して家の外に出た。

 血が必要らしいのでカッターナイフもポケットに入れて。

 昨日の猫の死体はまだ同じところにあった。

「ええっと……」

 『【死者蘇生】。術者の血を一滴垂らし、呪文を唱える。代償は術者の寿命の半分を支払うこと』

 旭はまだ十歳だったので、寿命の半分と言われてもピンとこなかった。平均寿命が百歳に達するこの世の中に旭は十歳にして既にうんざりしていたので、あまり長生きしたくはなかった。だから別にこの首輪のついた猫の飼い主のために寿命の半分を差し出しても構わない。どうせインチキだし。そう思って、カッターナイフを取り出した。ちょっと勇気が必要だったが、左手の人差指をカッターで傷つけて、血をぽたぽたと垂らし、黒魔術書に書いていた呪文を唱えた。

 すると、猫の足の先が動いた。かっと開かれたままだった目も瞬きを再開し、ゆっくりと起き上がった。

 え、本物じゃん。この黒魔術書。

「ナァ」

 猫は一声そう鳴いて、俊敏な動きで塀の向こうへと去って行った。

 どうしよう。お父さんとお母さんに怒られるかも。寿命の半分を誰かの猫に使っちゃった。

 この本が本物であることは黙っていよう。旭はそう決めて、家路を急いだ。

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