第10話、俺たちの生き残る道は?

俺はクレアと一緒にブリッジに戻った。

デカメロン刑事が少し居心地悪そうにしている。

この人は基本は優しい人だ。

この世界に生き返らされて、誰も知り合いがいなくて困っている俺に手を差し伸べてくれた。

魔法少女の事だって、おとりに使うのはきっと本意ではないのだろう。


だがGPOや行政府内に海賊カルテルのスパイがいるのなら、彼女を保護しても無駄だと言う事を知っている。

それならここで罠を張った方が、結果としては安全な事は確かだ。

俺は彼女に声をかけた。


「デカメロンさん。まだ肝心な点を話していませんよね。どんなプランを考えているんですか?」


彼女は周囲にクルーに目を走らせた後、思い切ったように口を開いた。


「さっきも言った通り、君たちには彼女を予定通り、惑星カルデバランまで運んでもらいたい。それに私もこの船のクルーとして同行させて欲しい」


「つまり現地で直接、海賊カルテルの一味を捕まえたいと言う事ですね」


「そうだ」


「でも現場にそんな重要人物が来ますかね? こういう密輸系の作業って下っ端がやると思いますよ」


俺がそう言うとデカメロン刑事は自信ありげに言った。


「それはない。なぜなら魔法少女なんてこの銀河系にたった一人しかない、貴重な存在を運ぶんだ。絶対に荷物が間違いないか、現場に確認に来るに違いない」


「なるほど。確かにそうっすね」


俺は納得した。


「それだけじゃない。私には相手が誰か、大体の目星がついているんだ。ソイツを確認して逮捕すれば、その裏までたどり着けるはずだ」


(GPOの刑事が相手の目星をつけている? それでいて直接捜査できずに証拠を先に掴もうという事は、よほどの大物って事なんだな?)


そう考えていると、マリーが質問した。


「積荷であるミーシャさんを確認するって言う事は、あの冷凍睡眠装置を確認するって言う事ですよね? 彼女をまた冬眠状態にして冷凍睡眠装置に入って貰うんですか?」


「いや、それはしない。そうなるとイザって場合に彼女が逃げられないからな。冷凍睡眠装置には入ってもらうが眠らせはしない。中から自由に開けられるようにして欲しいんだが……それはこの船の誰かが改造できないか?」


「じゃあそれはウチがやります。ウチは機械に強いから任せて下さい」


さらに俺が別の懸念を口にする。


「さっきデカメロンさんは『イザって場合』って言いましたよね? つまり戦闘があると踏んでいるんすか?」


デカメロン刑事が眉間に皺を寄せる。


「正直言ってあると思う。私が『銀河警察機構だ』って名乗って、大人しくしてくれる連中じゃないだろうからな」


「つまり俺たちも戦闘に巻き込まれると?」


「この船のクルーの戦闘力はどのくらいだ?」


「正直、アテにされても困りますね。一番頼りになりそうなのは猫明ですが、実際の戦闘までは見てませんから。マリーも毒針があるんで一対一の喧嘩なら強いでしょうが、多人数相手の戦闘はどうでしょうね? クレアは早撃ちの名手ですが本格的な戦闘経験はありません。俺にいたっては言うまでもないでしょう」


「そうか、すると戦闘になった場合は、私以外はあまりアテにはできないという事だな?」


「一緒に連れている、あの刑事アンドロイドはどうなんですか?」


「あ、アイツは……情報分析専門でな」


デカメロンさんが少し顔を赤らめながら言った。

やっぱり彼はデカメロンさんの愛人役と言う訳だ。

広大な宇宙をパトロールしているGPOの捜査官の中には、そういう役目を持ったアンドロイドを連れている人も多いと聞く。

特に熟れた身体で性欲を持て余しているデカメロンさんなら、そういうアンドロイドも必要だろう。


デカメロンさんが嫌そうな目で俺を睨んだ。


「なんだ、なにが言いたい?」


どうやら知らず知らずの内に、俺はソレっぽい笑いを浮かべていたらしい。


「いや、なんでもないっす。でもあの装甲戦闘服を着ていれば、かなりの戦闘力を発揮できるんじゃないっすか?」


「それはそうだが、最初からアレを装着して出ていく訳にはいかないだろ。GPOの刑事だって名乗って出ていくようなもんだ。ともかく証拠を掴む事が必要なんだから」


そりゃそうか。あんな銀色で派手な昭和ヒーローが密貿易の現場に現れたら、肝心の相手が姿を見せない。

そうなると、けっこう分が悪い戦いになりそうだな、こりゃ。


マリーとデカメロンさんが冷凍睡眠装置の改造に船倉に向かった頃。

俺は艦内に置いてある武器をチェックしに行った。


元々辺境宙域を運行する貨物船は、拳銃・自動小銃・小型ロケット砲などは装備してある。

だがズボラな俺は、あまり武器の手入れはしていなかった。

今回の目的地では使用するかもしれないので、とりあえずは見ておこうと思ったのだ。


個人用携帯武器は、全て問題なさそうだ。

念のため拳銃だけ身に着ける。


チェックが終わった俺は武器庫を出た。

武器庫からブリッジに戻る途中に医務室がある。

その前を通った時、中から何やら物音がした。


(どういう事だ、魔法少女は眠っているんじゃないのか?)


SFホラー映画では、医務室で異音がする時は、モンスターの幼体が得物を探していると相場が決まっている。

この場合で言えば、冷凍睡眠装置から出された魔法少女の体内に救っていたモンスターが……。


(って事はないだろうけど、いちおう様子だけ見ておくか)


俺は身に着けたばかりの拳銃を手にすると、医務室のドアの前に立った。

どうやら物音は部屋の奥の方から聞こえるようだ。


(モンスターがいるとしても、廊下側じゃないな)


俺は医務室のドアのロックを解除すると、素早くドアを開けて医務室にもぐりこんだ。

同時に拳銃を構える。


室内には医療コンテナの上に立っている魔法少女の姿があった。

部屋に入って来た俺に気づいて振り返った彼女は、拳銃を持った俺に驚いたのだろう。

「きゃっ!」と悲鳴を上げてバランスを崩し、コンテナの上から落ちた。

派手な音を立てて床に落ちた彼女は痛そうにお尻をさする。


「大丈夫か?」


俺が拳銃を仕舞って声をかけると、彼女は恐怖の混じった目で「大丈夫です」と答えた。


「え~とミーシャさん、だっけ? なにをやっていたんだ?」


「目を覚ましたら喉が渇いてて……それで何か飲み物がないかと思って探していたんです……」


(この状況でそんな事をしているとは、意外に肝が太い娘だな)


そう思って彼女を見ていると、彼女が慌てて頭を下げた。


「すみません。勝手な事をして……たとえ飲み物があったとしても、断りを得ずに飲んだら泥棒ですよね」


「いや、そんな事は別にいいんだ。ただここは医務室だから、液体があっても勝手に飲むのはマズイな。薬だったら量を間違えると大変な事になるだろ」


「それは一応大丈夫です。薬らしいものには手をつけませんから。孤児院に併設されている教会では、よく村の人の治療もしていたので、私も少し薬に関する知識はあるんです」


なるほど、そこまで考え無しの無知ではないようだ。


「飲み物が欲しかったら、ベッドの脇のインターホンを使ってくれれば良かったのに。そうすればブリッジの誰かが出たよ」


「そうなんですね。私、インターホンの使い方がわからなかったから……」


「それじゃ仕方ないな。教えていない俺たちが悪かった。ちょっと待ってろ。いま飲み物を持って来てやる」


俺はそう言って医務室を出た。

休憩室の自販機から合成ジュースを二本取り出し、医務室に戻る。


「ホラ」


俺がそう言って合成ジュースを差し出すと魔法少女は「ありがとうございます」と礼を言ってさっそく飲み始めた。

よほど喉が渇いていたのか一本目はすぐに飲み干す。


「これも飲んでいいよ」


俺が二本目を差し出すと彼女は「いいんですか? それはアナタの分じゃないんですか?」と遠慮がちに確認する。


「大丈夫だよ。これもアンタのために持って来たんだ。遠慮は要らない」


「ありがとうございます」


そう言って彼女は二本目のジュースを手にすると一口飲んだが、そこで口を離した。


「お兄さんって、本当は優しい人だったんですね。てっきり怖い人なのかと思っていました」


「俺が怖い人? そんな風に見えるかな? 今まで言われた事ないが」


すると彼女は両手を前に出して左右に振った。


「いえ、外見じゃありません。てっきり孤児院を襲った怖い人の仲間かと思ったって意味です」


「そりゃ無理もないな。知らなかったとは言え、俺はその怖い人の誰かからアンタの移送を頼まれたんだから」


「でも、お兄さんがそんな怖い事をする人じゃないっていうのは、今はわかります」


俺は苦笑した。


「まぁ善人じゃないかもしれないけど、女の子を誘拐するほど悪人でもないよ」


「孤児院のみんなは無事だったんでしょうか? あとシスターやマザーの方々も……」


彼女は心配そうな顔をして視線を床に落とした。

俺をそれを聞いて、とある事を考えていた。

だが今の彼女の前で、それを直接口にする訳にはいかない。

ここは少し遠回しに話を持って行くか?


「孤児院ではどんな風に過ごしていたんだ?」


「私はもう年長者でしたから、小さい子の面倒を見る事が多かったです。他にもシスターのお手伝いをして掃除や洗濯、あとは食事の用意とか」


「孤児院でも働いていたのか? 大変だっただろ?」


「いえ、そんな事はないです。私は小さい子の相手をするのは楽しかったし、料理も好きでした」


彼女が少し笑顔を見せる。

本当に楽しい思い出だったのだろう。


「小さい子と遊ぶって、どんな事をするんだ?」


「鬼ごっこやかくれんぼをしたり、雨の日には部屋の中で折り紙とか。あと私が光の玉を出してあげると、みんなとっても喜ぶんです」


「光の玉?」


「はい、シャボン玉みたいな感じで、光の玉をいっぱい出すんです。そうするとみんなそれを追いかけて本当に楽しそうにしてくれるんです」


「それってずっと前から出来たのか?」


「最初は出来なかったんですけど、孤児院に来てから半年後くらいでしょうか。みんながボール遊びをしていて、私もそこに入れて欲しいなって思っていたら、空想していた光の玉が目の前に出るようになったんです」


(なるほど、それが魔法の発現という訳か)


「その光の玉以外にも何か出せるの?」


「あと水の玉も出せます。すぐに地面に落ちちゃいますけど。それ以外だと、一つしかないオモチャだったら、同じ物をもう一つ作り出したりとか……」


「オモチャをもう一つ作り出せる? じゃあそこにある機械とか、もう一つ作る事はできるのか?」


俺はそう言って、医療デスクの上にあるタブレットを指さした。


「いえ、そういう機械とか複雑なものは作れないんです。人形とかスコップとかボールとか、そういう形を真似るだけの簡単な物しか作り出せません」


俺は少し間を置いてから、静かに聞いた。


「自分が特別な存在だって事は、いつごろ気づいた?」


ミーシャは伏し目がちになる。


「十三歳になってすぐの頃でした。友達がボールの取り合いでケンカをしていたので、もう一つボールを作り出したら、それをシスターが見ていて……凄く驚いていました。それでその夜、シスターやマザーに呼ばれて『その力を簡単に使ってはダメだ』って注意されました。それからはあんまり使わないようにしていました」


「でもそれがどこからか漏れてしまい、海賊カルテルに伝わったって事か?」


俺は思わずそう呟いていた。

俺は当初、ミーシャを海賊カルテルに売ったのは孤児院の人間かと考えていた。

だが多くの子供たちが彼女の不思議な力について知っていたなら、村人から話が漏れた可能性もある。


「海賊カルテル? それってあの怖い人たちの事ですか?」


「え? ああ、そうだ」


そう彼女に聞かれて、俺は不用意に口にしていた事に気づいた。


「そう言えばあの人たち、私を攫っている途中で不思議な事を言っていました。宇宙のエネルギーがどうのとか、すぐに興奮すると爆発するとか」


「興奮すると爆発する?」


今度は俺が聞き返した。


「ええ、私も全部の会話をハッキリ聞いた訳じゃないんですけど、でもその二つの事は言っていました」


俺は考え込んだ。


(興奮すると爆発? 爆発とはどういう意味だ? 単にブチ切れるって意味じゃないよな?)


(そう言えば彼女はなぜわざわざ冷凍睡眠装置に入れられていたんだ。パスポートを偽造して娘と旅行とか何とか言って、普通に旅客機で移動した方が怪しまれないんじゃないか? 奴らはなぜ冷凍睡眠なんて使って貨物として密輸させたんだ?)


その時、魔女たちは最初は十三人いたのに、半数以上が死んでしまって今は五人だけと言う事を思い出した。


(あれを聞いて不思議に思ったんだ。そんな凄い力を持つ魔女がなぜ死んだのか。あの時は『魔女と言えども肉体は不死身ではない』って言われて納得したけど……考えてみればおかしな話だ。何か俺の知らない事がまだ隠されているんじゃないか?)


「あの……私、なにかマズイ事を言ったんでしょうか?」


ミーシャが不安そうな目で俺を見る。


「あ、いや。そういう事じゃないんだ。話してくれてありがとう。アンタにとっては辛い事かもしれないのにな」


「いえ、私こそ話を聞いて貰って、少し心が落ち着きました」


そうして彼女は俺を見つめる。


「お兄さん、本当に優しい方です。お名前を教えて頂けますか?」


「俺か? 俺は響譲治。みんなジョージって呼んでいるよ。クレアだけはちゃんと船長って呼ぶけど」


「ジョージさん……ジョージお兄ちゃんって呼んでもいいですか?」


「ええっ?」


思わず驚きの声を上げる。

見るとミーシャは真っ赤な顔をしていた。


「ダメですか? 私、ずっとお兄さんが欲しいなって思っていて……」


「い、いや、別にダメじゃないよ。好きに呼んでくれ……」


「ありがとうございます。ジョージお兄ちゃん……」


彼女は恥ずかしそうに、そして嬉しそうにそう呼んだ。

俺の方もなんだかこっぱずかしくなってしまった。

こんな美少女から「お兄ちゃん」呼びだなんて……一人っ子の俺にとっては激甘すぎるぜ。

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