第9話、話がデカいぞ、魔法最終兵器!

「最終兵器ぃ~?!」


俺が素っ頓狂な声を上げると、デカメロン刑事はまたもやボカリと殴った。


「大きな声を出すな! 誰かに聞かれるかもしれないだろ」


「この宇宙船には俺たちしかいないんですよ。他の誰に聞かれるっていうんです?」


俺が頭を押さえながら反論すると、デカメロン刑事は「甘いな」と言った。


「どこに盗聴器が仕掛けられているか分からない。今は蚊サイズのロボット盗聴器もあるからな」


クレアが身を乗り出してくる。


「それでその最終兵器って言うのは、どんなものなんですか?」


「具体的な事はまだ分からない。ただ魔女や魔法少女がダーク・エネルギーを集める事ができるのを利用して、何らかのエネルギー・ビームとするらしいんだが……」


するとメカに詳しいマリーも口を挟んだ。


「すると魔女はダーク・エネルギーを貯めるコンデンサみたいな役割なのかな? 威力はどのくらいなんです」


「我々が掴んだ情報だと、惑星を破壊できるレベルだと言う。理論的には恒星系を丸ごと消滅させる事も可能らしい」


「ブラックホール級って事なんですね」


デカメロン刑事が頷く。


「無から有を生む、って事は、この世界では神に匹敵する能力って事だからな」


デカメロン刑事を共に、クレア、マリーが沈黙する。

俺と猫明は蚊帳の外だ。

俺は船長なのに……。

とりあえずここは威厳を見せるためにも、俺に解る話に持ち込まねばならない。


「なんかそのトンデモ陰謀論は横に置いておいてさ、それでデカメロンさんは俺たちをどうするつもりなんです?」


そう、これこそが重要なのだ。

俺たちはこれからどうなるのか?

未成年誘拐、人身売買の罪で銀河警察機構にしょっ引かれるのか?

それともデカメロン刑事が俺たちが魔法少女の件とは無関係である事を証明してくれて、このまま解放されるのか?


もっともその場合でも「依頼された荷物を警察に引き渡した」と言う事で、裏社会の連中から狙われる事になるだろうが。

特に海賊カルテルが関わっているなら、このまま無事に済むとは思えない。

つまりドッチにしろ、俺たちは詰んでいる可能性が高いのだ。

GPOを利用できるなら利用して、生き延びる可能性を高めねばならない。


「それはだな……」


デカメロン刑事は何かを考えながら口にしようとした。


「ここはどこですか?」


ベッドから鈴のように澄んだ声が聞こえた。

ハッとして全員がベッドに目を向ける。

眠っていたはずの魔法少女が目覚めて、俺たちを見ていた。

その目が明らかに怯えている。


(そっか、この娘からしたら俺たちは海賊カルテルの連中に思えるんだな)


彼女が今までどんな目に合ったのか知らないが、ろくでもない事は確かだろう。

クレアが彼女に近寄った。


「大丈夫よ。ここでアナタに危害を加える人はいないわ」


おそらく同情心からついそう言ってしまったんだろうが……まだ彼女は危機の最中にいる。

俺たちは海賊星で出会った正体不明の男の依頼で、彼女を惑星カルデバランに運ぼうとしているのだ。

この娘から見れば、俺たちは海賊カルテルの一味だろう。

デカメロン刑事が胸元のバッチを見せる。


「安心しろ。私は銀河警察機構の刑事だ。君に不当な危害を加える事はない」


俺は横目でデカメロン刑事を見る。

その言い方が気にかかったからだ。


「まずは君の名前と出身地を聞かせてくれ」


魔法少女はしばらくデカメロン刑事を見つめていたが、やがて小さい声で話し始めた。


「私の名前はミーシャ。出身地はレミントン星です」


「苗字は? レミントン星ではどうやって暮らしていた?」


「苗字はありません。私には十歳より前の記憶がないので……気が付いた時にはレミントン島の牧草地に立っていました。それから近くの教会が営む孤児院で暮らしていました」


俺はさっき聞いた「魔女は十歳の姿で発生する」という話を思い出した。

デカメロン刑事が小型タブレットにメモを打ち込んでいる。


「レミントン島からどうやって連れ出された?」


彼女は首を左右に振る。


「よく覚えていません。いつも通りみんな一緒に部屋で寝ていたんです。そうしたら夜中に激しい音が聞こえて……大勢の男達が部屋に入って来たかと思うと缶みたいな物を投げ入れたんです。そこから煙が吹き出して……そうしたら意識が朦朧として……」


「男は何人くらいいた? 顔を見たのか? 何か特徴は?」


彼女は無言で首を左右に振った。


「事件が起きる前、なにか普段と変わった事はなかったか? たとえば孤児院に誰かが尋ねて来たとか」


「……特には……」


「孤児院から宇宙港まではどうやって行った? 宇宙船での事は何か覚えていないか? 周囲で話していた事とか?」


「分からない……何も分からないんです!」


彼女は激しく頭を振り続けた。

見ていられなくなったのか、クレアが彼女の身体を抱いてデカメロン刑事に向かって言った。


「彼女はまだ冷凍睡眠から目覚めたばかりです。いま尋問するのは可哀そうです。もう少し休ませてあげて下さい!」


デカメロン刑事も気まずそうな顔で「そうだな、悪かった」と言った。

クレアがミーシャをベッドに横たえる。


「ミーシャさん。とりあえずもう少し休みなさい。ぐっすり寝て、まずは体力を回復しなさいね」



俺たちは全員でブリッジに戻った。

医務室の扉はロックしてある。

これで彼女が出歩く事も、誰かが医務室に侵入する事も出来ない。

ブリッジに入ると、俺はすぐにデカメロン刑事に尋ねた。


「さっき言いかけた事だけど、デカメロンさんは俺たちをどうするつもりなんすか?」


すぐに彼女は答えようとしなかった。

口を真一文字に結んで考え込んでいる。

だから俺は自分から言う事にした。


「本当は俺たちに何かさせようとしているんじゃないんすか? 封印シールの証人の事を取引材料に使って」


彼女は俺を上目遣いに見た後で「さすがに私の考えている事がよく解っているな」と言った。


「まぁ、それなりの付き合いはあるつもりっすからね。で、何をさせるつもりです?」


またもや少し間があった後、デカメロン刑事は決心したように言った。


「このまま魔法少女を、惑星カルデバランまで運んでもらいたい」


「「えっ?」」


クレアとマリーが同時に意外そうな声を上げた。

おそらく彼女たちは「ミーシャは保護するからカルデバランには行くな」と言うと思ったのだろう。

だが俺は違った。


「やっぱりそういう事っすか。さっき彼女に『不当な危害を加える事はない』って言った時から、そんな事だろうと思ってました。つまり『正当と思われる場合は危害もありうる』って意味なんでしょ。彼女をおとりに使うつもりなんすよね?」


するとクレアが目を吊り上げてデカメロン刑事に詰め寄った。


「まさか、まだあんな少女なのに! しかも孤児院から無理やり誘拐されて、あんなに怯えているのに……それをおとりに使うだなんて!」


デカメロン刑事は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「彼女は普通の少女じゃない! 異世界宇宙からやって来た魔女の幼体、魔法少女なんだ。同一に考えるべきじゃない!」


「それでも彼女は普通の女の子です! 親も身寄りもない、友達から引き離されてこれから先、どうなるかも分からない。そんな不安の真っ只中にいる彼女を、海賊のいる所に連れて行って身の安全を保証できるんですか?」


「もちろん出来る限りの事はする! だがこれは必要な事なんだ。彼女のダークエネルギーを吸収できる力は脅威だ。もし海賊カルテルがそれを兵器に応用できるとしたら、この銀河系全体が彼らに征服されてしまうかもしれない! そんな自体は絶対に避けねばならない!」


「私は絶対に反対です! もし無理に彼女をおとりにするなら、私が銀河中央行政府に訴え出ます! それだけじゃなくてネットやマスコミにもリークしますから!」


クレアはそう言うと憤慨したままブリッジを出て行った。

デカメロン刑事は厳しい顔をしたままだったが、そこには苦い色が浮かんでいる。

彼女自身もミーシャをおとりに使いたくはないのだ。

俺にはわかる。

俺はクレアの後を追って部屋を出た。



ブリッジを出てすぐの所には、休憩室兼カフェスペースがある。

クレアはそこに居た。テーブルに両肘をついて顔を隠すようにしている。


「なんか飲むか?」


だがクレアはジロッと俺を見ただけだった。


「俺が奢ってやるよ。こんな事は滅多にないぞ」


すると彼女は「じゃ抹茶オレを」と言う。

俺は自販機から抹茶オレとコーヒーのカップを取り出す。

抹茶オレをクレアの前に置く。


「あの刑事、あんな冷酷な事が言えるなんて……」


クレアは抹茶オレを手にしたまま、そう呟く。

だが俺は「そうか? デカメロン刑事は冷酷ではないと思うぞ」と答えた。

彼女が非難の目で俺を見る。

俺は続けた。


「そもそも俺たちに選択権なんてないだろ。デカメロン刑事が証人になってくれなければ、俺たちはただの誘拐犯で人身売買の現行犯だ。今すぐにでもGPOの警備艇に取り囲まれてもおかしくないんだぜ。それをせずに俺たちに状況を話してくれたんだ。感謝すべきだろう」


「じゃあ船長は彼女をおとりに使う事に賛成なんですか?」


「賛成とまでは言えないけど……デカメロン刑事の話も分かるって事だ」


「だとしても、あの娘をおとりに使うのは酷過ぎませんか? だって彼女、このままカルデバランに連れて行ったらどんな目に合うか……」


「忘れたのか? 連れて行こうとしているのは他ならぬ俺たちだ。デカメロン刑事が来てくれなかったら、彼女は冷凍睡眠のまま海賊カルテルに引き渡されていた」


クレアの顔が歪む。


「何よりここでミーシャを逃がしても、それで海賊カルテルが諦めてくれるのか? そんな事はないだろう。もしかしたらより危険な目に合うのかもしれない」


「危険な目とは?」


「これは俺の推測に過ぎないんだが……GPOや銀河中央行政府の中にも、海賊カルテルの息がかかっている人間がいるんじゃないのかな?」


「まさか! どうしてそう思うんですか?」


「ミーシャが『孤児院が深夜に襲われた』って話してただろう。惑星レミントンなんて辺境の農業惑星だ。特に大きな街もないし、海賊カルテルが関心を持つような星じゃない。そんな所にいた魔法少女をGPOより先に見つけられるなんておかしいと思わないか?」


「……」


「おそらくデカメロン刑事も同じ懸念を持っているんだと思う。だからこそ、ここでGPOや行政府内にいる海賊カルテルのスパイを根こそぎ捕まえたいと思っているんじゃないか? 結果的にはその方がミーシャにとっても安全だろ」


「それは……そうかもしれませんが……」


「もちろん、俺も無条件に彼女をおとりに使った方がいいとは思わない。だがここはせっかく銀河警察機構の刑事が居るんだ。彼女の力を有効に使わない手はないだろう。少なくとも俺たちだけで彼女を守ろうとするよりマシだ」


俺はそう言ってクレアの肩を叩いた。

彼女も少しだけ納得したようだ。

抹茶オレに口をつけると「船長も、たまにはまともな事を言うんですね」と言いやがった。


「たまにはって何だ。俺はいつもまともな事しか言わねーよ」


「どうだか? 私は刑事さんが胸の大きい美人だから味方しているのかと思いましたよ」


「いやいや、大きさも大事だが、形の良さも大事だぞ。あとヒップや太腿もな。人はパイのみに生きるにあらず、だ」


「そういう所です、まともじゃないのは」


クレアは再び俺を非難の目で睨んだ。

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