第8話、冷凍魔法少女

俺たちは医療室にいた。

冷凍睡眠装置から出て来た少女はベッドに寝かせてある。

年齢は十五歳くらいだろうか?

長く銀色に輝く髪と、透き通るような白い肌をもった美しい少女だ。

医療コンピューターが検査した所、命には別条はないようだ。


医療室には俺たちクルー四人以外に、宇宙刑事二人が居た。

既に装甲強化服はスーツケースの形になって、外の廊下に置かれている。

俺が「医療室に入るなら装甲強化服は脱いでくれ。船外の危険物質を持ち込む可能性がある」と要求したからだ。


だが装甲強化服を脱いで驚いたのは……、

中から現れたのがコミケのコスプレも真っ青な、露出が高くてボディラインがクッキリと解る、グラマラスな美女が現れたから……ではなかった。断じて!


「デカメロンさん……」


俺は唖然として彼女の名前を呟いた。


「久しぶりだな、ジョージ」


彼女はそう言って笑顔を見せた。


「知り合いなんですか?」


クレアが意外そうな顔でそう尋ねる。


「ま、まあな」


俺は曖昧に返事をした。


彼女の名前はデカメロン・ムッチ。

俺にとっては絶対に忘れらない女性だ。

なぜなら俺にとっては筆下ろしをしてもらった、いわゆる初めての女性ってヤツだからだ。


この世界に蘇らされた当初の俺は、法律もルールも何もわからなかった。

そのため、何度か警察のお世話になる事があったのだ。

と言っても大きな犯罪は犯してないし、どちらかと言うと被害者としてお世話になる事が多かったのだが。


そんな俺を哀れに思ったのが、当時の太陽系警察の交番勤務だったデカメロンさんだ。

彼女はその名の通り、胸にはデカいメロンを二つくっつけたような巨乳の持ち主だ。

彼女に会いたいがため、街の野郎どもはやたらと交番のお世話になる事件を起こす程だった。

そして彼女は、俺にこの世界のルールを色々と教えてくれた人でもある。

さらにそれだけではなく、しばらく俺の身柄を預かってくれたのだ。

その結果として……まあ俺と彼女は、その、深い仲に……。

と言っても性欲の強い彼女は、俺の経験値の少なさでは満足できず、一か月後には追い出される事になったのだが。


……とまぁ、それはさておき……


俺はデカメロン刑事を改めてみた。


「それにしても凄い偶然ですね。刑事になったとは聞いていましたが、まさかGPOに所属しているとは思いませんでしたよ」


「ふふん、私の働きぶりをGPOの上の人が見てくれてね、直々にスカウトされたんだよ」


そう言って彼女はその巨乳と共に胸を張った。

横では猫明が自分の胸と見比べて羨ましそうにしている。


「直々にスカウトって本当ですか? コンパニオンとして呼ばれたんじゃなくって?」


ゴチン、と俺の頭が殴られた。

デカメロン刑事は柔道三段、空手二段、剣道三段の腕前だ。


「痛い……」


「変な事を言うからだ。私の情報収集力と腕前を知らないオマエじゃないだろう?」


「そりゃあそうだけど……それで何を掴んだんです?」


デカメロン刑事が考えるような顔をした。


「今はまだ言えないな。それよりジョージ、オマエは大変な事になるぞ」


彼女がジロリと俺を睨む。

その言葉と目つきに俺はビビッた。


「た、大変な事って何です? 確かに積荷は冷凍食品じゃなかったけど、さっきも言った通り封印シールは破られていないし、この場合は俺の責任ではないですよね?」


「だが人身売買は重罪だ。しかも未成年の少女誘拐となればな。ジョージが『僕は何も知りません』と言って、それで終わる話じゃない」


「そ、そんな」


俺は助けを求めるべく、仲間の三人に目を向けた。

だがマリーは素知らぬ顔をしているし、猫明は何が問題なのかすら理解していない。

唯一頼りになると思われるクレアは、俺と目が合うと仕方なさそうに口を開いた。


「刑事さん。確かに人身売買は重罪です。でも封印コンテナは荷主の許可なく、私たち貨物船側で開ける事はできません。そして今まで封印を開いていない事は、刑事さんが証明して下さるでしょう。それでも私たちは罪の問われますか?」


デカメロン刑事が口元だけで笑った。


「君は中々頭がいいな。知識も豊富だ。君がこの船のブレーンというわけか」


いや、それくらい、俺だってちゃんと言ってたし。


「だが私が証明するかどうかは、これからの君たちの動き方次第という事になるだろう。それを見極めてからだな。犯罪者に加担する義理はない」


「それって脅迫じゃないですか! 汚いですよ!」


俺がそう不満をぶつけるが、彼女は鼻で笑っただけだった。



その時、寝ている少女のそばにいた部下の男性刑事が口を開いた。

ちなみにこの部下の男性、かなりのイケメンだ。

おそらくデカメロン刑事の恋人なのだろう。

いや、愛人と呼んだほうがいいのか?


「デカメロン刑事、やはり彼女から魔法因子が計測されました」


「レオン、言うな!」


デカメロン刑事が素早くそれを制した。

だが既に俺たち全員が聞いてしまっている。


「魔法因子、と言うと?」


聞きなれない言葉を俺は尋ねたが、デカメロン刑事は視線を逸らして返事をしない。

だがクレアはそれについて知っているらしい。


「魔法因子って……まさか、嘘ですよね?」


俺はクレアの方を見た。


「なんだ、クレアは知っているのか?」


クレアはコクリを頷くと説明を始めた。


「今から五十年前、宇宙空間を生身で渡る女性の一団が発見されました。彼女たちとコンタクトを取った銀河中央行政府は驚きの事実を知りました。彼女たちは私たちとは違う宇宙、多元宇宙マルチバースからやってきた存在だったんです」


「マルチバースって何だ?」


「宇宙は一つではなく、無限に沢山の宇宙が存在しているという説です。それまでも量子物理学の観点から、ビッグバン以降の宇宙のインフレーション時に、泡のように同時多発的に無数の宇宙が生まれているという説でした」


「う……俺にも分かるように言ってくれ」


「船長の時代の言葉で言えば、パラレルワールドです。同時に複数の世界が存在していると考えて下さい」


「ふ~ん、それでそこから来た異世界人は宇宙服なしで宙を飛べるって事か。でも生身で宙を飛べる生物って、けっこういるよな。そこまで驚くような話じゃないだろ」


「彼女たちの能力はそれだけじゃありません。彼女たちは物理的にありえない力、魔力を持っているんです」


「魔力? この恒星間航行が可能で、異星人と直にコンタクトできる科学万能の時代に、魔力だって?」


「船長の生まれた時代には魔法は非科学的なものだったそうですね。でも今は違います。魔法は実在するんです。その理論も実証されています」


驚く俺に対し、改めてクレアが説明する。


「宇宙を校正する量子について超弦理論というのがあります。簡単に言うと一本の紐の折り畳まれ方によってその世界の次元が決まるという話です。彼女たちの宇宙では我々とは違う折り畳まれ方により、宇宙に存在するダークエネルギーを吸収して自らのエネルギーに変換する事が出来るんです。そのエネルギーは……」


「やめろ! 脳が爆発する! 難しい話はもういい! 結局、なにができるんだ?」


「彼女たちは宇宙のダークエネルギーを吸収して、無から有を生み出す事が出来るんです」


俺はしばらく考えた。


「確かに、それは凄い能力だな。その力があれば、もうメシに困る事はないのか。いや、それだけじゃなくって金とかジャンジャン生み出せば贅沢し放題だな」


「そんな問題じゃない」


今度はデカメロン刑事が口を開いた。


「そこの女性船員がそこまで知っているなら隠しても無駄だろう。事件の重要性を話してやるから心して聞けよ」


俺とクレアとマリーが同時に頷いた。猫明は既に壁際のベンチで居眠りしている。


「マルチバースからやって来た魔力を持った存在。彼女たちは全員が女性体である事から魔女と呼ばれている。彼女たちは十三人だったが、その内の半数以上がこの宇宙に来てから死んだ。殺されたんだ」


「そんな凄い力を持っているのに、魔女は殺されたんですか?」


意外に思って俺が尋ねると、デカメロン刑事は頷いた。


「魔力は凄くても、肉体は物理的に破壊されない訳じゃない。それに魔女にもそれぞれ得意な魔法があるらしくてな。全員が全員、損傷した肉体を回復できるとは限らないんだ」


「生き残っている魔女はどうしているんですか?」とクレア。


「いま生き残っているのは全部で五人。いずれも銀河中央行政府で保護されている」


「じゃあ彼女は?」


クレアがベッドの上の少女を指さした。


「殺された魔女の一人は、自分が死ぬ時に少女から生まれ変わる魔法を使ったらしいんだ。自己複製の魔法だ」


「じゃあ、彼女がその魔女の一人って事なのか?」


俺がそう呟くと、デカメロン刑事が首を小さく左右に振った。


「厳密には違うらしい。魔女は十歳くらいの少女の姿で発生するんだが、小さい時はまだどの系統の魔法が使えるかは不明なんだ。そして使える魔法も限られているし、肉体的にも我々地球人と大差がない。その段階を魔法少女と呼んでいる。それが五十年以上経つと使える魔法の系統がハッキリし、肉体的にも強靭になる。その段階で初めて魔女と呼ぶんだ」


「魔法少女が魔女ねぇ。呼び方が変わるなんて、イナダがブリになる出世魚みたいですね」


「茶化すな。だが自己複製の魔法で新しい魔法少女が生まれた事を、他の魔女たちも知らなかった。その情報を海賊カルテルの連中が掴んで、先に魔法少女を捕まえたという訳だ」


「海賊カルテルだって!」


この名前には俺も驚いた。

クレアも目を丸くする。


海賊カルテルは、銀河警察機構や銀河系連合軍に対抗するために銀河系の三大海賊組織が集まってできた組織だ。

元が別組織だったため必ずしも一枚岩であるとは言えないが、それでもGPOに対抗できる強力な力を持っている。


しかしここで俺は疑問を持った。


「ちょっと待ってくださいよ。確かに魔法少女が無から有を生むって言うのは魅力的な話だ。俺がさっき言ったみたいに、金を作り出す事ができるんだからね。とは言っても、人間が作り出すんだから一日に作れる量には限界があるでしょ。海賊カルテルの稼ぎなら、そんなのは微々たるものに思えるんだが?」


海賊カルテルは、この天の川銀河の裏社会の総元締めみたいなものだ。

売春から麻薬、ギャンブルなどの全てと取り仕切っている。

その資金力は莫大なはずだ。


だがデカメロン刑事はまたも首を左右に振った。


「海賊カルテルが狙っているのは、そんなチンケな事じゃない。もっと圧倒的な力なんだ」


「圧倒的な力? それはなんです?」


デカメロン刑事はしばらく考えた後で口にした。


「宇宙に満ちているダーク・エネルギーを吸収して発動できる、最終兵器の開発だ」

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