第7話、謎の積荷と宇宙刑事

「それじゃあ、よろしく頼みますよ。私は一足先に惑星カルデバランで待っていますから」


俺たちに謎の荷物輸送を頼んだ正体不明のビジネスマンっぽい人、キム・ジユンはそう言った。


「ああ、わかった。今日を入れて四日以内に届ければいいんだな」


俺は輸送期日を確認する。

そんな俺の後ろでは、クレアが報酬の前金である半額の1万2千5百銀河ドルを数えている。


「1万2千5百銀河ドル、確かに受け取りました」


数え終わったクレアが受取証を渡そうとすると、キムは「そういうのは要りません」と言って受け取ろうとしなかった。

仕方なくクレアは引っ込める。


俺とクレアはマッタリン号に戻った。

既に船名も今までの「イモータル号」から「マッタリン号」に塗り替えている。

まずは船倉に向かう。

そこにはしっかりと封印されたコンテナと、その前にマリーと猫明がいた。


「ジョージ。外部から調べてみたが爆発物の反応は無かったよ。放射線の心配もない」


マリーが俺を振り返ってそう告げる。


(だけど生物兵器や化学兵器って可能性もあるよな)


俺はそう思いながら、マリーに尋ねた。


「そうか。封印シールはちゃんと貼られているな?」


「そうね。この通り」


マリーが指さした先には、特殊な素材のシールでコンテナの入口が封印されていた。

これが切られたら、輸送中にコンテナが開けられた事を意味する。

その場合は、荷主に対して莫大な違約金を支払わねばならない。

もちろん積荷が違法な物ではない場合だが、そんな理屈が通る相手かどうかも不明だ。

クレアがコンテナを見つめながら言った。


「あのキムさんって方は、ちゃんとしたビジネスマンみたいですし。私たちの初仕事が、こんな真っ当な仕事でラッキーでしたね」


俺はそれには返事をしなかった。

むしろ真っ当な仕事である事が気になるのだ。

確かに今は運送業は活況で中々運搬船が確保できないという事情はあるが、それにしてもあの海賊星でこんな普通の仕事とは……。


だが無駄にみんなを不安にさせても仕方がない。


「とりあえず積荷の事はキチンと監視していてくれ。監視はカメラで行って、みんなは出来るだけ船倉には入らないように」


俺は、宇宙貨物船が未知の生物に一人ずつ襲われて行く映画を思い出していた。



初日は何も起こらなかった。

ディランからある程度離れた所で、最初のワープで外宇宙に出る。

そのまま一晩は半光速で慣性飛行を行った。

さすがにワープ・ドライブは何が起きるか分からないので、寝ている間にはやらない。


二日目、既に惑星カルデバランまで半分の所まで来ていた。

航海はいたって順調だ。

順調すぎるくらいに。

俺はそれが不気味でならない。

早いところあの積荷を目的地で下ろしたかった。


「ジョージ、本船進路にワープ・アウトしてくる船がある!」


突然、マリーがそう叫んだ。


「なんだと?」


俺も慌ててモニターとレーダーを見る。

彼女の言う通り、この船の進路のド真ん前にワープしてくる船があった。


「どこのバカだ? 進路妨害のワープ・アウトは重大な宇宙航行法違反だぞ!」


「コッチはその宇宙航行法を無視した海賊船だからね。航路申請もしてないし」


「それもそうか……って納得している場合じゃない! 相手はわかるか?」


「今はまだ相手の船籍不明。でも普通の船じゃないみたい!」


「普通の船じゃない? とりあえず逆噴射だ。速度を落とせ!」


俺の声にコンピューターが反応した。

だが半光速からの減速だ。

慣性制御システムがあるとは言え、一気に速度を落としたら乗っている俺たちがペチャンコだ。

中々スピードは落とせない。


しかし俺たちの前方に現れた船は、信じられないほどの急速な操船で俺たちの船を避け、さらに並走までして来たのだ。


公開チャンネルで向こうの船から無線が入った。


「そこの所属不明艦、ただちに停止しろ! こちらは銀河警察機構だ!」


「銀河警察機構だって?!」


思わず俺はそう声を上げた。


銀河警察機構(Galaxy Police Organization)、通称:GPO。

銀河系宇宙全体の法と秩序を守るための組織で、各恒星系警察の大元締めだ。

その権力は絶大で、銀河系内ならどこでも警察権力を行使できる。


(そんな大物が、なぜ俺たちの船を?)


マリーも意外そうな目で並走する宇宙船を見る。

確かに船の形を見る限り、銀河警察機構の船に思える。


「どうしたんですか? 急減速なんかして。何かあったんですか?」


そう言ってブリッジにクレアが飛び込んで来た。


「突然、目の前にGPOの船が現れたのよ。それでウチらに止まれって」


マリーがモニターを見つめたまま答える。


「GPOって銀河警察機構? なんでまた?」


クレアは俺の方を見た。


「わからん。もしかして太陽系警察から、俺たちが海賊認定されて指名手配中だって通達が回ってたのか?」


「でも昨日、船長は『GPOにはすぐには手配は回らない』って……」


「俺もそう思っていたんだが……」


船の速度はどんどん下がっていく。

完全に停船した所で再び無線が入り「今からそちらに乗船する。速やかにエアロックのハッチを開けろ」と命令してきた。

俺は逆に要求をする。


「まずはそちらが先に身分証明書を見せて欲しい」


モニターに星を重ねたような銀河警察機構のマークとIDナンバーが表示された。

それが自動的にコンピューターによって照合される。


「間違いありません。相手は銀河警察機構です」


コンピューターの音声がそう告げる。

俺としてはここで銀河警察機構と揉めるつもりはない。

言われた通りに乗船ハッチを開いた。

向こうの船から二人、まるで昭和の特撮ヒーローのようなメタリックに輝くロボットのような人影が宙を飛んでくる。


二人をエアロックに迎え入れた俺は館内で「エアロックを出たら表示された矢印の方に進んでくれ。ブリッジにいる」と伝えた。

やがてブリッジ入口のドアが開いた。

そこから入って来たのは、まさしく昭和時代の特撮ヒーローだ。

メタリック・ボディの宇宙用装甲強化服は『宇宙刑事〇〇ダー』としか言い様がない。


「こちらの要請を受け入れてくれた事には感謝する」


ボディの一部に赤いラインが入った宇宙刑事がそう言った。

無機質な合成音声だ。

声色で感情を悟られないような仕組みだろう。

そんな彼らに、俺は顔を顰めながら言った。


「ここはブリッジだ。その大げさな宇宙服は着ている必要はないだろう。他人の家に入って来たら靴ぐらい脱ぐのが礼儀だぜ」


「現時点で君たちに抵抗の意思なしとまでは判断できない。よってこの装甲強化服を脱ぐことはできないな。それに家の中で靴を脱ぐのは昔の日本だけの風習だ」


俺は小さく舌打ちをした。

もっとも船の中で、彼らの着ている装甲強化服で暴れらたらトンデモない事になる。


「で、天下の銀河警察機構様が、俺たちに何の用だ?」


おそらく太陽系警察からの海賊認定の話だろうが……俺たちはまだ大きな海賊行為は働いていない。

よって今の時点なら言いくるめる自信があった。


「この船の積荷を検査させてもらう」


赤ラインの宇宙刑事はそう言い放った。


「積荷を検査? 臨検って事か? 何の容疑だ?」


俺は内心の動揺を隠しながらそう尋ねる。


「この船が重大な違法物資を運んでいるという情報が入った。その検査だ」


俺は頭の中で、現状をいくつかのパターンで考えてみた。

一つはキムから依頼された荷物が本当に違法物資の場合だ。

だがこの場合は、コンテナの封印シールが未開封である事が、俺たちを守ってくれるだろう。

俺たちは荷物が何たるかを知らないで運んでいるに過ぎない。

書類の「貨物内容証明書」には「冷凍食品」と書かれているからだ。

積荷は没収されるだろうが、俺たちが罪に問われる事はないだろう。


二つ目は、これが警察によるおとり捜査だった場合だ。

警察は最初から、俺たちを罠にかけるためにキムをいうおとり捜査官を使って、荷物の輸送を依頼した。

この場合、刑事たちは銀河警察機構の仕事と言うより、会社から依頼を受けて行動している可能性もある。


(どちらにしてもGPOとして公式に乗り込んで来られた以上、拒否はできないな)


「わかった。貨物は船倉にある。勝手に見てくれ」


状況はどうあれ、俺は貨物を開く時にその場に居たくなかった。

中から現れたメカとも生物ともつかないモンスターに、喰い殺されるイメージが脳裏に浮かぶのだ。

モンスターと対面するのは、特撮ヒーローだけにしてもらいたい。


「積荷の確認には責任者の同行が必要だろう。一緒に来てもらおう」


「お、俺には船全体の航行の安全を見守る義務がある。積荷の確認という点なら他の者でも……」


俺は他のクルーに視線を泳がせた。

だがみんな無視していやがる。


「現在、この船は停船中だろ。いいから一緒に来い」


宇宙刑事は有無を言わせず、俺の腕を取った。



結局は全員で船倉に来る事になった。

いや、最後まで俺がグズったため、他の者が仕方なく一緒に来る事になったんだが……。


船倉には縦横3メートルの小さなコンテナが置かれていた。

俺はコンテナの扉の封印シールを指さした。


「ここに荷主の封印シールが貼ってある。知っての通り、このシールがある限り、俺たちはこのコンテナを開く事はできないし、その中身に関しても関知していない」


クレアがタブレットを提示した。


「こちらが貨物内容証明書です」


赤ラインの宇宙刑事がタブレットを一瞥する。


「つまり君たちはこの荷物は冷凍食品だと認識している、という事だな。そして封印シールがある限り、中身についての責任はないと」


考えてみると、さっきから話しているのは赤ラインの宇宙刑事だけだ。

コッチが上司かなと思いつつ「その通りだ」と答える。


「ではコンテナの中身を改めさせてもらう」


赤ラインの宇宙刑事がコンテナの扉に手をかけた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。何度も言っただろう。封印シールがある限り、俺たちはこのコンテナを開ける事は出来ないって。それを破ったら莫大な違約金を支払わなければならない」


だが赤ラインはそれを気にする様子はなかった。


「問題ない。我々GPOの捜査官は、封印シールがあっても中身を確認する権利を持っている。そして確認後に我々が新たに封印シールを張れば、それは出向時からコンテナは開かれていないのと同じ事になる。これは宇宙航行法にも明記されている事は知っているだろう?」


そんな事は俺だって知っている。

だがコイツの言った事が通じるのは、荷主が普通の相手だった場合だ。

このコンテナの持ち主が裏社会の住人だった場合、宇宙航行法なんて問題じゃない。

「封印を破った」という事で、命を狙われるのはこの船のクルーだ。

そして依頼人だったキムが、裏社会の一員である可能性は高いのだ。


しかしGPOの捜査官の権限も絶対だ。

俺は黙って引き下がるしかなかった。


赤ラインの宇宙刑事が手招きすると、もう一人のライン無し、こっちは部下か、がやって来て、コンテナの扉に手をかける。

ロックを外して、そのまま扉を開く。

コンテナの中には、縦2.5メートル、横1m、高さも1mの黒い金属の直方体が立っていた。

こういう縦長の荷物は普通は横に置くはずだが、なぜか縦置きで固定されている。

なんかちょっとした記念碑みたいに見える。


赤ラインが「冷凍食品……か。たしかに冷蔵庫には見えるがな」と言って、直方体の正面を見る。

そこには液晶の操作パネルがあった。


「レオン」


赤ラインがそう呼ぶと、今度もライン無しが直方体の前にやって来て操作パネルを見た。


「これなら開けられそうです」


ライン無しがそう言うと赤ラインは頷いて「開けろ」と命じると同時に、少し後ろに下がった。

俺も赤ラインよりさらに後ろに下がる。

クルーたち三人は、最初からもっと後ろにいる。

ライン無しがパネルを操作した。

やがて「開きます」と言って後ろに下がった。


黒い金属の直方体の真ん中に光の筋が入り、そこから左右両方に開いていく。

中からは冷気による氷結水蒸気と思われる煙がもうもうと流れだした。

俺の身体に緊張が走る。

クルーの所まで下がると「すぐに船倉から逃げられるように準備しておけ」と耳打ちする。

エイリアンの犠牲になるのは、宇宙刑事だけで十分だ。


まるで棺のような直方体から光と氷結水蒸気の煙幕が吹き出す。

そこから飛び出してきたのは、黒光りするメカと有機体が融合したような奇怪な化け物!

………………

……ではなくって……

真っ裸の美少女だった……。


「え?」


あまりに意外な荷物の中身に、俺たちは目を疑った。

少女は眠らされていたらしく、そのまま前のめりに倒れそうになる。

その身体を素早くライン無しの宇宙刑事が抱きとめた。

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