第6話、海賊初仕事は運び屋だった
惑星ポート・ロワイヤル。
第一次星間戦争の時は補給基地があった星だ。
だが戦後の混乱時期に、傭兵・脱走兵・日常生活には戻れなくなった荒くれ者たちが集まる無法者の街になった。
そういうアウトロー達が生きていくには、必然的に海賊になるしかない。
一度、海賊の集まる場所になれば、まるで腐肉にハエが集まるがごとく、この星は海賊の星として急成長していったのだ。
ちなみにこういう海賊星は、それなりの数がある。
通常の貨物船はそういう星の近くは通らない。
通らないという事は、そういう星が危険だと認識しているという事だ。
当然、星の位置もよく知っている。
そんな訳で、夜には俺たちの船は惑星ポート・ロワイヤルに到着していた。
惑星ポート・ロワイヤルの首都は、やはりポート・ロワイヤル市と言う。
大体、どの星も首都はその星の名前を付けている所が多い。
県庁所在地は県名と同じ名前の市が多いのと同じだ。
俺たちはポート・ロワイヤル市から少し離れた、あまり整備の行き届いていない宇宙港に船を止めた。
新参者の海賊は、三流の宇宙港に入港するのが礼儀だ。
もっとも海賊星なんて、どの宇宙港も大した設備じゃないが。
そこから小型ランチで街の中心部まで移動する。
適当な場所にランチを止めて、四人で街中を進む。
「しっかし、汚い街だにゃ。これで本当に首都なのかにゃ?」
猫明が周囲を見渡しながらそう言う。
「汚いとか言うな。街の人が聞いたら気を悪くするぞ。余計なトラブルはごめんだ」
俺がそう窘めるが猫明は気にする様子はない。
「でも本当の事だにゃ。石造りと木造の建物が入り混じっていて……なんか適当に作った感じがするにゃ」
猫明の辺りをはばからない発言は、おそらく自分の腕っぷしに自信を持っているからだろう。
確かに元傭兵の猫獣人を相手に出来る人間は、そう多くはないだろうが。
「そうね。確かに統一感がない街ね。壊れかけている建物を、さらに素人が手直しして使っているみたいだし」
そう言ったのはマリーだ。
彼女も発言に遠慮がない。
マリーも毒針という強烈な武器を持っているからな。
マリーの針は卵を産み付けるだけじゃなくって、攻撃用の毒針としても使えるのだ。
「でも海賊の街ってこんなものだと思いますよ。大航海時代の地球の海賊の街も、こんな感じだったそうです」
さすがは海賊の伝説が多く残るイギリス人の血をひくクレアだ。
遺伝的に懐かしさでも感じるのだろうか?
真面目な彼女にしては興味ありげに周囲を眺めている。
だがマリーの方はあまりお気に召さないようだ。
「ともかくウチはこの臭いがダメだわ。ジョージ、こんな所でどうするつもりなの?」
クレアも俺を見た。
「そうです。海賊の街に来た所で、お金がない以上、物資の補給が出来ない事は変わりませんよね?」
俺は問題ないとばかりに右手を振った。
「大丈夫、売り物ならあるじゃないか。こういう街では絶対に必要とされているものが」
「え、それは何ですか?」
そう尋ねたクレアに、俺は前から来る小汚い男を指さした。
「ホラ、ちょうど商談相手がやって来た」
まだ日が暮れたばかりだと言うのに、既に千鳥足の男が俺たちの前までやってくる。
「おお、最近見ないようなイイ女がいるじゃねぇか。それも三人も!」
かなり酒臭い。きっと昼間からずっと飲んでいるのだろう。
おまけに長いこと風呂に入っていないのだろう。異臭がする。
クレアもマリーも猫明も、思わず顔を顰めた。
だが男はそれを気にする様子はない。
「うん、見れば見るほどイイ女たちだ。おい、この女たち、一晩いくらだ?」
男が俺に尋ねた。
だがそれを聞いた三人の血相が変わる。
「な、なんですか、いきなり失礼な!」
「ウチらを売春婦だと思っているの!」
「ふざけるんじゃないにゃ!」
だが俺は平然と男にいった。
「いくら出せる?」
「200銀河ドルでどうだ?」
(200銀河ドルか、俺の世界なら三万円って所か)
だがそれを聞いてさらに三人は激怒する。
「なに勝手に人に値段をつけているんですか!」
「しかもウチがたったの200銀河ドル? 毒針で腐った肉団子にしてやろうか?」
「スマキにして海にでも放り込んでやるにゃ!」
そこでクレアは俺に怒りの目を向けた。
「船長、本気で私たちに身体を売らせるつもりなんですか!」
クレアだけじゃない。
マリーも猫明もいますぐ俺に飛び掛かりそうな目で睨んでいる。
猫明は低い唸り声をあげているし、マリーの方もお尻から針が見え隠れしていた。
クレアに至っては護身用の銃を入れたホルスターから、いつの間にか留め金が外れていた。
これはマズイ。
かなり本気で怒っているようだ。
冗談はここまでにしよう。
「オッサン、この女たちは売り物じゃないんだ。俺の船の仲間だからな」
「なんだ、そうなのか? 俺は新しい女を仕入れて来たポン引きかと思ったよ」
「俺が聞きたいのは無縁爺さんのいる場所だ」
するとオッサンは観察するような目で俺を見た。
「無縁爺さんか? オマエ、あの爺さんの知り合いなのか?」
「まぁな。同じ故郷の出身って言ってもいいかな」
オッサンはしばらく俺を見つめていたが
「無縁爺さんなら、この道を真っ直ぐいった先の右手にあるグエンザって酒場にいるよ。この通りでは一番大きい酒場だからすぐにわかる」
と言って道の先を指さした。
「サンキュー、じゃあな」
俺はそう言ってオッサンから離れていった。
オッサンはまだ名残惜しそうにウチの女たち三人を見つめていたが。
男が離れた所でマリーが言った。
「一瞬、本気でウチらを売り飛ばす気なのかと思ったよ」
まだ彼女から怒りの表情が消えていない。
お尻の針も消えていないしな。
「いや冗談のつもりだったんだけどな。でもマリーがそこまで本気で怒るとは思わなかったよ」
「どうしてウチが怒らないと思ったの?」
「だってそうだろ。子供の苗床にする男は別に誰だって……」
そこまで言った時、再びマリーのお尻の影から毒針が伸び始めているのが見えた。
彼女の口から押し殺したような声が漏れる。
「子供を産み付ける相手は、誰でもいい訳じゃないんだけどね。遺伝子的に必要な相手、そしてウチが本気で愛した男だけなんだけど……」
マズイ、マジ物の殺気を感じる。
俺は慌てて言った。
「わ、悪い悪い、いや地球人の感覚とは違うからさ。解っているって、マリーがそんなふしだらな女じゃないって事は」
そう言ってから俺は他の二人にも言い訳をする。
「そもそも大切な船のクルーを売り飛ばす訳ないだろう。アレはこの星がどういう場所か、みんなに知ってもらいたかっただけだよ」
クレアも猫明もまだ少し不審の目で俺を見ている。
だがクレアもようやく銃ホルスターの留め金をかけた。
クレアはその真面目な外見とは裏腹に、会社内の射撃大会の早打ち部門では連続優勝している猛者だ。
もしかして本当に俺の頭は危なかったのかもしれない。
そんなクレアが尋ねた。
「船長、その無縁爺さんっていうのは誰なんですか?」
「なんだ、クレアは知らないのか?」
俺はソッチが意外だった。
「俺よりも前に、この時代に生き返らされた社員だよ。いや、元社員と言った方がいいかな。今の俺と同じく会社から逃亡したからな」
「元社員なんですか? お名前はなんていうんですか?」
「本名は知らない。ただ自分では『この世界では縁がある者は誰もいない。無縁の存在だ』って言っているんで、みんな無縁爺さんって呼んでいるよ」
するとマリーが口を挟んだ。
「その人はなんで二百年前の世界から生き返らされたの?」
「詳しくは知らない。ただ俺の時代ではエリートだったらしいけど過労死したそうだ。それを会社が引き取って現代まで身体が残っていたのを生き返らせたとか」
「昔はエリートだったんだ。そんな人が会社から逃亡したのは意外だね?」
「過労死した上、二百年後に勝手に生き返らされて、さらに再生装置や冷凍保存装置の使用料分を働けって言われたら、誰だって逃げ出したくなるさ」
そこまで話した時、男が教えてくれた酒場・グエンザに到着した。
店の中に入ると、タバコと酒の据えた臭いが充満していた。
女子三人は鼻と口を押えるようにして店に入る。
店の中を見渡すと一階の奥のテーブルに、頭頂部が禿げ上がった無精ひげの老人が座っている。
ちなみに頭髪も髭も真っ白だ。
熱心に分厚いファイルを読んでいる。
俺はそのテーブルまで行って声をかけた。
「無縁爺さん、久しぶり」
彼が顔を上げるとニヤリと笑った。
「ジョージか、そろそろ来る頃だと思ったよ」
俺は笑いながら椅子に座った。
クレアたち三人は、なぜか椅子に座らない。
おそらく警戒しているのだろう。
「お嬢さん方も遠慮せず座ってくれ」
無縁爺さんにそう言われて、三人は目を合わせあった後、しぶしぶと言った感じで席に座る。
「会社から脱走するのに保安部の戦闘艦と一戦やらかすとは、またずいぶんと派手な事だな」
「アレは俺も本意じゃない。いきなり海賊認定されて、偶発的事故で戦闘になったんだ。不幸な出来事ってやつさ」
それを聞いたクレアが俯く。
もっとも俺は彼女を責める気は毛頭ない。
「それにしても耳が早いな」
「当たり前だ。情報に疎かったら、この海賊が集まる星じゃ生きていけないよ。それで目的は金か?」
「ああ、今の俺たちは財布も船倉もすっからかんでさ。なんかいい仕事を紹介してくれないか?」
「そりゃ難しいな」
無縁爺さんは難しい顔をしてファイルを見た。
「ジョージの船は元は軍艦とは言え、今はただの貨物船だろ? 乗組員も海賊の世界で名が通っている人間は一人もいない。大きな仕事や難しい仕事は回せないしな」
「俺もそんなデカイ仕事は期待してないよ。海賊初心者向きの楽で簡単な仕事はないか? 戦闘とか無しの安全な奴」
「そうは言ってもな……戦闘なしの荷運びの仕事は信用が大事だからな。初見の船に仕事を任せるようなお目出たいヤツはいないな」
「そこを何とか無縁爺さんの顔で頼むよ。もう本当に今夜のメシ代もない状態なんだ」
無縁爺さんが黙り込む。
無縁爺さんを頼ればなんとかなると思っていたが、これは俺の考えが甘すぎたか?
そんな時だ、近くのカウンターに座っていた男が「ちょっといいですか?」と話しかけてきた。
男は海賊星には滅多にいない、スーツ姿だった。
髪型もキチンと七三に分けていて、どっから見ても普通のサラリーマンだ。
「話を聞いてしまったんですが、君たちは仕事を探しているんですよね? しかも自分の船を持っているとか?」
俺は無言でうなずいた。
「だったら私の仕事を受けてくれませんか? 実は仕事の受け手がいなくて困っているんですよ?」
俺は男ではなく、無縁爺さんに尋ねた。
「知っている人?」
だが無縁爺さんも「いや、初めて見る顔だ」と首を左右に振る。
男は苦笑いを浮かべた。
「私も今日の午前中に、この星に到着したばかりなんです。だから君たちと一緒でここではツテが無くてね。誰も仕事を受けようとしてくれなくて、どうしようかと考えていたんです」
「どんな仕事なんだ?」
「ごく簡単な仕事です。ある積荷を惑星ディランから惑星カルデバランまで五日以内に運んで欲しいんです」
(惑星ディランから惑星カルデバランか、大した距離じゃないな)
俺はそう考えた。ワープ・ドライブを使えば三日もあれば行ける距離だ。
「それで荷物はどんな荷物だ?」
俺の質問に対し、男は右手の人差し指を立ててみせる。
「仕事の条件の一つはそれです。荷物が何かは尋ねない。この海賊星で輸送を請け負う時の常識でしょう?」
彼の言う通りだ。そもそも荷物が何かを知られたくないから、こんなアングラな場所で輸送を頼むのだろう。
「だけど荷物の大きさや危険度を知らないと、値段の交渉もできない。その程度は話して貰う必要がある」
「大きさは縦2.5メートル、横1m、高さも1mって所です。中身は爆発物みたいな危険物じゃないし、放射能もない。何なら荷物を運び込む前に爆発物チェックをしてくれてもいいですよ」
「仕事を受ける時はそうさせて貰うよ。それで報酬はいくらだ?」
「2万5千銀河ドル。惑星ディランでのピックアップ料込みです。悪くはないと思いますけどね」
確かに!
たったの三日ちょっとで2万5千銀河ドルを稼げるのは、相当に美味しい話だ。
それだけあれば、俺たち四人なら贅沢をしなければ半年は遊んで暮らせる。
マリーも同じように考えたのだろう。
「ジョージ、これはいい話だよ。断る理由はないでしょ。惑星ディランなんて半日もあれば行けるし、そこから惑星カルデバランも三日以上はかかる事はない。受けようと」
クレアは少し考えているような顔だが、やはり賛成した。
「そうですね。船の燃料やなんかを購入するためにも、ここである程度の資金が入るのは助かります。それに私たちは今日のご飯にも困る身の上ですし」
猫明は「ご飯が食べられるなら何でもいいにゃ」と気楽に答える。
だが俺には気になる点があった。それを男に尋ねてみる。
「こんな割のいい話をなぜみんな断るんだ? 逆にやりたいとアンタの所に集まって来る方が普通だろ」
しかし男は両手を左右に広げて首を振った。
「ここで仕事を頼むには、それなりに手順が必要みたいなんです。しかるべき人の紹介とかね。ところが私にはその手立ても時間もない。だからこうして困っているんです」
この男の言っている事は間違いないだろう。
見知らぬ相手の好条件の仕事なんて、もしかしたら銀河警察機構のおとり捜査の可能性もあるからだ。
同じ事を無縁爺さんも考えたらしい。
「ジョージ、簡単に仕事に飛びつかない方がいい。まずは船はどこかに預けて、オマエたちを雇ってくれる海賊船を探すんだ。そこである程度の信頼を付けてから仕事を探せ。それが一番確実な道だ」
だが俺は首を左右に振った。
「確かにアンタの言う通りなんだろうけど、俺にはそんな気はない。せっかく会社勤めから抜け出して自由の身になったんだ。今さら他人にコキ使われれるなんて真っ平ゴメンだな」
「だけどな……」
「それに俺たち四人が揃って同じ船に雇ってもらえるとも限らない。彼女たち三人は俺に巻き込まれたも同然なんだ。一応、彼女たちは俺の目の届く所に置いておきたい」
それを聞いた無縁爺さんは深いタメ息の後「仕方ないな」と呟いた。
「話は決まりかな?」
男が明るい声で言う。
「その前に……報酬は前払いで半額いただく。これはこの業界では当たり前の事だし、俺の船は今はディランに行く燃料にも困るレベルだからな」
「いいでしょう。では君の口座を教えて下さい。名前は……ジョージとか言ってましたね」
「響譲治だ。口座は今は使えないから、現金で払って欲しい。アンタの名前は?」
「私はキム・ジユン。では惑星ディランまでは私を一緒に乗せていって下さい。ディランまでの燃料代は私のポケットマネーで払いますよ。そしてディランで報酬の半額を出す。それでどうです?」
「わかった。それでいい。仕事はいつから?」
「さっきも言った通り、けっこう急いでいます。出来れば今夜にでも出発したい。君の船はどこにあるんです?」
「街を出て東に10キロの所にある宇宙港だ。そこの23番レーンに止めてある」
「分かりました。それじゃあそこで三時間後に」
キムはそう言って右手を差し出してきた。
俺も儀礼上、その手を握り返す。
だがその手を握った瞬間、俺はなにか嫌な感覚に襲われた。
いや、これは気のせいだろう。
こんな場末の街でサラリーマン風の身なりのいい男がいたら、誰だって不自然に感じる。
きっとそのせいだ。
だが……俺は初めて彼を見た時から、その目つきが気になっていた。
真面目そうには振舞っているが、その目は狡猾なキツネを思わせる目だったからだ。
背後で無縁爺さんが「気を付けろよ」と言ったのが聞こえた。
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