第4話、社畜から海賊になった朝(前編)

午前7時40分。

会社の業務開始は8時30分だが、15分前には船長デスクについて、連絡用クラウド端末にログインしていないとならない。

だが目覚まし一発で起きられない俺は、十分置きに三回に分けてアラームを設定しているのだ。


(うう、もう朝か……起きないとな。今日は朝から全体ミーティングがある日だし……今日の吊るし上げもまた俺だよな)


寝ぼけた頭でそんな事を考える。


ウチの会社は毎朝なんらかのミーティングか朝礼がある、

そして今日は水曜日、営業報告会議の日だが、俺たちはこの日を「吊るし上げの日」と呼んで恐れている。

各船の船長が


「この一週間でどんな営業活動を行ったか、それがどう売上に結びついたか、また船内業務を『カイゼン』し、どれだけ経費を削減できたか、その結果どのくらい利益が増えたか」


という事を部長報告しなければならないのだ。

そしてこれらが出来ていない船は、部全体が見守る中で、徹底的に自己反省させられるという恐怖の時間だった。


俺はその吊るし上げされる対象の筆頭だ。

せめてもの救いは、航海に出ているためモニタ越しにしか白い目で見られないって事だけど……それでも二十分近く部長と課長に連続で罵倒されるのは精神的に来るものがある。


(はあ、今週はどんな言い訳にしようか……)


そこまで思った時、俺の頭に電撃的に閃くものがあった。


(そうだ! 俺はもう会社から逃げ出したんだ。今の俺は社畜サラリーマンじゃない! 誇り高き宇宙海賊なんだ!)


(海賊たるもの、目覚ましなんか必要ない! 寝たい時に寝て、起きたい時に起きる! 自由気まま本能のままに生きるのが海賊なんだ!)


俺は一瞬でも目覚ましで起きようとした事を恥じた。

今の俺に目覚ましアラームなど必要はない。

俺は布団の中から、ベッド横にあるスマホを手にしようとした。


 むにゅ


……布団から手を出す前に、手のひらが何やら柔らかくも弾力のある半球型の物体を掴む。

とっても気持ちいい感触だ。


「あ、うん……」


すぐ耳元で男心をくすぐる甘い声が聞こえた。

俺は瞼を僅かに開いた。

目の前に薄絹に包まれた、柔らかな双丘があった。

そして俺の右手はその一つを揉み揉みしている。

そしておっぱいフェチの俺には分かる。

この豊かで張りのあるロケットおっぱいの持ち主は……


「うわああああ!」


俺は絶叫と共に飛び起きた。

俺のすぐ横に寝ていたのは、この船の航海長であるマリー・ハニービーだった。


(ま、まさか、俺、昨夜、コイツとヤッタのか?)


俺の心臓が早鐘を打つ。

寄生バチ種族の彼女とHすると言う事は、俺の体内にその卵が産みつけられるという事だ。

卵から孵った子供は、十か月をかけて俺の体内をゆっくりと食い荒らし、最後に俺を絶命させて身体から飛び出してくるのだ。

その子は俺の遺伝子を受け継いだ子供ではあるが、同時に寄生バチ種族でもある。

そうやって寄生バチ種族は子孫を残すシステムだ。


「んんん……どうしたの、ジョージ? 朝っぱらからそんな大声を出して……」


マリーが気だるげに瞼をこすりながら、上半身を持ち上げた。

そのポーズもとってもセクシーだが、今の俺にはそれに見入っている余裕はない。


「オ、オマエが俺のベッドに居るって言う事は……まさか、俺とオマエは……昨夜……そういう事なのか?」


ストレートに確認する勇気のない俺は、何とか言葉を濁しながらもマリーに尋ねた。


昨夜、俺たちは海賊になった記念に、残った食料と酒で祝杯を上げたのだ。

気分が高ぶっていた俺は、思っていた以上に早いペースで飲んでいたのだろう。

最後の方はほとんど記憶がない。

そして今朝、この状況だ。


マリーは最初、目をパチクリしていたが、俺の言った意味を理解すると淫蕩な目つきで唇をペロリと舐めた。


「うふっ、昨夜のジョージ、とっても良かったわよ。私も初めての体験だから凄く燃えちゃった。あんなに気持ちいい事なのね。子供を作るって……」


オーマイガッ!!


俺はよりによって、最もヤッてはいけない女とヤッてしまったのだ。

そしてその貴重な体験を、酔って覚えていないなんて……。


ちなみにマリーはこれが初体験という事になる。

なぜなら寄生バチ種族は一度産卵をすると、後は死を待つばかりだからだ。


「オ、オマエはそれでいいのか? だってHしちゃったって事は、オマエも遠からず死ぬって事なんだろ?」


マリーはブラ無しでも型崩れしない、その豊かな胸を片手で持ち上げるようにして上体を起こした。


「いいわよ、ジョージとなら……。それに最高の夜だったし……死ぬまで毎日、お互いに求めあうってのもいいんじゃない?」


うぬぬ……もう俺はそういう運命なのか?

Hして死ぬことが確定した俺は、自分とマリーの子を自らの肉体の血と肉を使って育てるしかないのか。


「俺は……いつまで意識を保って生きていられるんだ?」


俺は涙がこぼれそうになりがら、彼女に聞いた。

せっかく全てから解放されたと思ったのに、次の日には自分の寿命を知るなんて。

なんて儚い人生なのだろう。


マリーは考えるように人差し指を顎に当てる。


「う~ん、ウチもよくは知らないけど……だいたい六か月くらいで起きていられなくなって、八か月くらいから寝ているだけなんだって。それで十か月で子供が生まれて来る時に、神経を食べられて天国に旅立てるわね」


つまり俺が人として生きていけるのは、あと六か月という訳か。

確かに、もう残りの寿命が決まった俺は、マリーと爛れた毎日を過ごす方がいいかもしれない。


泣くな、俺。

異星人とはいえこんな美女であった事を喜ぶべきだ。

後はあそこが擦り切れるまでヤリまくろう。


「大丈夫、赤ちゃんに身体を食べられるのは、セックスと同じくらい気持ちいいんだから。痛くも苦しくもないから安心して」


そう言ってマリーは俺の首に、そのしなやかな両腕を絡ませてきた。


そうなのか、痛くも苦しくもないのか……それならまぁいいや。

事故で一度死んだ俺にとって、子供を産んで死ぬの悪くないかもな。

それにしても……なんか下半身が重いな。

マリーに卵を産み付けられたせいなのか?

それにしてはずいぶんと重量があるような……。


俺はハッとして布団をめくった。

そこには、俺の下半身に抱き着いた姿勢の猫明がいたのだ!

布団を剥がれた猫明が薄目を開けた。


「あ、ジョージ、おはようだにゃ」


「え、オマエ、いつからそこにいる?」


「ん~、いつからって、昨夜からずっとだにゃ。酔い潰れたジョージをマリーと一緒にここまで運んで来たんだにゃ」


猫明は猫らしく、拳で自分の目をコシコシと擦る。


「え、昨夜からずっと……って言う事は?」


俺が再びマリーに目を向けると「チェッ、バレたか」と彼女は可愛く舌を出した。


「安心して。ウチとは何にもしてないよ。だからジョージにまだ卵は産みつけていません!」


俺は全身からドッと力が抜けるような気がした。

そして新たに怒りがムクムクと湧いて来る。


「オマエは! どうしてそういうタチの悪い嘘をつくんだ!」


怒鳴った俺を、マリーは呆れたような目で見る。


「前にも言ったじゃん。ウチら寄生バチ種族は未成年とは子造りしないって。ジョージはまだ二十歳でしょ。ウチらは三十歳が成人だから。それまではウチはジョージに何にもしないよ」


そう、寄生バチ種族は三十歳が成人年齢なのだ。

よってマリーもまだ未成年という事になる。

つまりマリーは俺をからかったのだ。


ちなみにマリーはなぜか俺と子作りする事に拘っている。

彼女には「自分と相性のいい遺伝子」を嗅ぎ分ける能力があるらしい。

だから「必ず俺と結婚(産卵)する」と宣言している。

俺にとってはマジで恐ろしい事なんだが……。


「ところでここの固い部分、これってジョージの尻尾なのにゃ?」


まだ俺の腰に抱き着いたままの猫明が言った。

ハッとして俺は彼女を見る。


「ずいぶん短い尻尾だにゃ」


そう言って彼女は噛みつこうとした。


「よせ、やめろ! それは尻尾なんかじゃない!」


俺は慌てて彼女の頭を遠ざけた。

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